グローバルストリームニュース
国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

日本企業はグローバル化で生き残れるか?

森田隆大さんとの対談です。

<森田さんのプロフィール>

森田隆大 (もりた たかひろ)

ワールド ゴールド カウンシル 日本代表

ニューヨーク大学経営大学院にてMBA取得後、ファースト・シカゴ銀行本店および東京支店勤務を経て、1990年にムーディーズ・インべスターズ・サービス本社にシニア・アナリストとして入社。以来、格付けアナリストとして多くの日本・アジア企業を担当、2000年に格付委員会議長を兼務、2002年に日本および韓国の事業会社格付部門の統括責任者に就任、日本の地方債格付けも管轄。2011年より現職。埼玉学園大学大学院客員教授。主な著書に『格付けの深層〜知られざる経営とオペレーション』(日本経済新聞出版社)、『信用リスク分析―総論』(共著、金融財政事情研究会)、『資本市場と電力』(共著、電気新聞ブックス)などがある。


 

大井: 森田さんは、長年ムーディーズ社で日本の事業会社の信用格付けを担当してこられました。ムーディーズでは、事業会社の格付けをするさいに、単に企業のミクロの分析に留まらず、グローバルなマクロ分析も行います。例えば、トヨタを格付けする場合には、トヨタの信用分析に加え、日本の自動車業界における他社との比較、さらに、米国やドイツ、新興国のメーカーとも比較したうえで格付けをします。

そうした企業の信用分析のプロフェッショナルとして、森田さんはムーディーズを離れ独立した立場に立った今でも、日本の主要企業の経営企画部門、財務部門のトップから意見を求められています。これから森田さんがお話されることは、まさに現場からの実情を踏まえてのことです。

 

中期経営計画書から見えてくること

森田: 私は1990年から事業会社の格付けに携わり、中期経営計画の分析をしています。その中で、特に製造業セクターにおいて過去20年余、日本企業がグローバル化に遅れをとり、グローバル化の本質と必ずしも真正面から対峙してこなかった事例を多く見てきました。日本企業は、グローバル化に対応しなければ食べて行けないと自覚していますし、アベノミクスで株価が上昇したのとは関係なく、日本経済が持続的に成長しては行かないだろうとの前提に立って、経営を考えています。日本企業は経営戦略として以下の点に注力しています。

 

・海外研究開発および製造拠点の強化

・国内研究開発および製造拠点の縮小

・本社機能のグローバル化

・海外拠点の現地化

・グローバル購買の拡大

・部品のモジュール化

・コア事業の選択と集中

・財務体質の強化

 

大井: たいへんまともな計画書に見えます。が、「絵に描いた餅」なのでしょうか?

 

森田:そうですね、この中で、実際に「本社機能のグローバル化」や「海外拠点の現地化」が進んでいる企業は非常に少ない。その理由は後で説明しますが、それでも「コア事業の選択と集中」は評価できます。

問題は、日本企業が「グローバル購買の拡大」と「部品のモジュール化」の重要な点において、世界に遅れをとっていることです。国際競争で勝ち残るためにはグローバル購買および部品のモジュール化によって、供給サイドの部品・部品メーカー数を減らし、コストを削減(選択)しなければなりません。また、コア事業の選択と集中によって、グローバル競争に勝つための規模の力を確保していく必要がある。さらに、新興国の増大し続ける需要に応え、現地の消費者ニーズに合った「ボリューム・ゾーン」商品に食い込んでいく努力を深化させていかなくてはなりません。

これまで日本では部品メーカーの第一次下請け、第二次下請けという集積があり、多くの完成品メーカーは製品の開発段階から部品メーカーとすり合わせを行い、競争力のあるサプライチェーンを形成してきました。しかしながら、グローバル競争環境の深化に対応するグローバル購買は、品質規定をクリアした部品の提示コストを争う「入札」によって部品提供メーカーが決まる方式が大半を占めています。日本における伝統的な完成品メーカーと部品メーカーの関係とは異なります。コスト競争力を持続するため、日本の完成品メーカーはグローバル部品提供者との協業関係を今後さらに構築していかなくてはならないのです。

 

大井: 日本のお家芸の家電やハイテクではグローバル競争をしてこなかったということですか?

 

森田: グローバル競争で明らかな成果を出しているのは、日本の自動車産業くらいです。ハイテク・家電メーカーはハイエンド製品・市場に執着し、ボリュームを取りに行くグローバル競争から6−7年前に降りてしまっています。

日本のメーカーは国内市場で勝つことを考え、そしてハイエンド商品に執着してきました。全体でみた場合、日本企業は自国市場における売上比率が70%と、圧倒的に国内で競争しています。しかしながら、国内市場では競合する企業数が多く、海外に行く前に過当競争で体力を消耗し、低収益体質です。ちなみに、米国企業の平均国内売上比率は20%です。

 

大井: 日本企業は内向きですね。この6月に発表された改訂版成長戦略のスローガンは「稼ぐ力」でした。先ほど、日本のハイテク・家電メーカーはボリューム・ゾーンでの競争から実は6−7年前に降りてしまったのだと指摘されました。今や「稼ぐ力」は国内市場だけなのでしょうか。

 

グローバル化競争で進む寡占化

森田: グローバル競争で勝ち残るには、加速する商品サイクルに対応しなければならなりません。具体的な事例をあげましょう。半導体では、ボリュームに勝る韓国メーカーが日本のメーカーでは投資回収ができない短い商品サイクルを導入し、日本の競争相手を駆逐しました。韓国メーカーの勝因はモデル数を少なくし、ボリュームを取りに行ったことにあります。また、携帯メーカーでは、アップルとサムソンが世界の市場の9割を占めています。アップルはiPhoneに集中しモデル数は極端に少なく、収益はサムソンの2倍です。これがグローバル競争の実態です。

このように、グローバル競争では「寡占化」が進みます。日本企業がグローバル化で稼げているのは自動車業界など少数の業界しかありません。

もちろん、日本企業にもチャンスはあったのです。2005年まで小泉政権でミニバブルのように景気が上向きました。そのときに、グローバル競争に耐えられるような戦略に転換すべきでした。しかし、日本は高品質に対するこだわり、従来の輸出型モデルから発想の転換ができず、結局、過去の成功体験に固執しすぎて、新しいグローバル化に経営を切り替えられなかった面があります。また、日本企業は数年くらい景気が悪くても耐えようとします。そうした習性は、多くのトップがサラリーマン社長で任期中にはリスクをとらないという短期志向のためかと思います。いずれにしても、2000年代の「慢心」が、今の停滞につながっているのです。

 

大井: 日本企業の経営には根本的にグローバルな戦略を欠いているということでしょうか。一般に、少子高齢化が進む国内市場では縮小が見込まれるので、中堅・中小企業もリスクをとっても海外へ出ようとしていると言われています。

 

リスクマネーの欠如

森田: 「ロードマップ」という5年先、10年先までの戦略があって海外に進出しているのは、日本では自動車業界など少数です。

また、中堅企業が海外に進出する必要があるのですが、中長期の投資資金が手当できないのが現状です。国内中心でオペレーションをやってきた中堅企業の多くは、国内市場低迷の影響を受け、業績が芳しくない状態にあり、銀行から資金提供を受けられない状況にあります。また、日本にはリスクマネーが少ないため(成熟した投機的等級社債市場、証券化市場、プライベート・エクイティ)、一旦業績不振に陥った企業は競争力の再構築・再挑戦するための資金調達ができなくなる問題があります。海外企業と比べハンディキャップになっています。

 

大井: 日本には業界ごとに「オールジャパン」として世界で戦える企業が必要ですが、M&Aを通して業界再編が進むでしょうか。

 

森田: 日本には産業構造の根本的な変革が必要です。戦略的なM&Aは有意義ですが、日本企業の多くは外部成長に非積極的です。日本企業が海外事業の大型買収をしても、95%がその後の経営で成功していません。しかしながら、グローバル競争は椅子取りゲームの要素がますます強くなっています。日本企業は、M&Aによる競争力強化が必要不可欠です。

 

大井: 米国であれば、プライベート・エクイティ・ファンドが業界再生のファシリテーターとなりえます。日本にはそうした自由な資本市場がありません。かつての高度成長期には、興銀や長銀が長期の安定資本を提供する役割を担っていましたが、バブル破たん以降、銀行はそうした役割を果たせませんし、日本では独立系のプライベート・エクイティも十分育っていません。海外が日本のメーカーを買収する可能性はありますか?

 

森田: 現実的にはあまりないですね。海外勢は日本メーカーのブランドは欲しいけれども会社ごと買いたいとは思いません。日本の労働慣行やジェネラリスト経営も、グローバル化にマッチしません。「本社機能のグローバル化」や「海外拠点の現地化」が進まないのは、日本企業の経営の内なる問題があるからです。サムソンがあそこまでグローバル化できたのは、オーナー社長がリスクをとって、トップダウンでスピーディーな経営ができたからです。日本のボトムアップ(コンセンサス)方式の意思決定では、とても時間がかかりすぎます。

 

大井: そうですね、このままでは日本企業はロードマップもない、リスクマネーもない、グローバル人材もない、リスクをとれる経営者もいない、「無い無い尽くし」です。優れた技術を持ちながらもったいないです。新幹線の技術は中国に流出し、超伝導やリニアモーターカーなど様々な独自技術が海外に流出して行きます。日本の「稼ぐ力」が将来もあるかどうか、現実は甘くないです。

 

森田: 「無い無い尽くし」に加えれば、現状、環境変化時の「コンティンジェンシープラン」に対する意識も薄いです。国内市場が縮小すれば、国内の利益が支えて来た海外での展開も困難になってきます。グローバル競争で優位性を確保できる規模に達している日本企業は未だに少ないです。

 

大井: 森田さん、グローバルな切り口で貴重なお話を有難うございました。

 

森田さんとはこの2月にも対談しています。合わせてご覧下さい。

中小企業への長期資金の安定供給が不可欠 メインバンク制度はもはや機能していない

https://globalstream-news.com/wpgsn/tsuwamono/tsuwamono-07162013/

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