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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

なぜ「シリコンバレー1千人派遣」が必要なのか?

 少し前に、政府が今後5年間に計1千人の起業家をシリコンバレーに派遣するというTV報道があり、当時経産大臣だった萩生田氏が視察団を従えてゾロゾロとシリコンバレー詣でをする映像が流れました。私は「まだこんな時代錯誤なことをやっているのか」と驚き、次に「誰のカネでシリコンバレー詣でか?アホか」という怒りが湧いてきました。

 月刊誌ファクタ9月号には「恥の上塗り”シリコンバレー1千人派遣”計画」と言う記事が出ました。記事の内容は、「日本企業や団体がシリコンバレーに大挙して押し寄せても、目的のない表敬訪問を繰り返す観光気分で帰って行くだけで、本場のベンチャー企業からは時間泥棒と忌み嫌われている」、「自らの大企業病を引きずって米国まで行って情報弱者であることを曝け出している」といった手厳しいものです。

 私もこの記事には同感です。何よりも起業家というのは、自分でカネを作って、命懸けで勝負に出るものです。これが資本主義の基本です。政府の資金(=国民の税金)を背負った官僚や大企業のサラリーマン経営陣が事業リスクの本質や実務を知らずして、厳しい競争に晒されているシリコンバレーで何を教えてもらおうというのか?

 高級官僚や大企業経営陣は毎月給与を受け取ります。さらにボーナスもあります。社会的身分は保証され、黙っていても口座に毎月キャッシュが入ってくるのが当たり前の生活です。自分のカネは保証されており、自分のカネを政府や会社のために事業リスクに晒すことはないです。明日の資金がない!といった恐怖を体験せずに起業家の心理は理解できないでしょう。

 一方、起業家はまず自分で元手の資金を作ります(自己資本)。加えて、他人からも投資してもらいますが、初期段階ではエンゼル投資家に事業計画を説明して回り、彼らが一緒にリスクを取ってくれるように説得しなければなりません。

 この資金集め/資金調達の過程は結構きついです。「あんた誰?以前の実績は?」と問われ、「口では何とでも言えるよな」と冷ややかにあしらわれ、それでも協力者を募っていく。そして、開発から事業化の段階に入ると、ベンチャーキャピタル(VC)ファンドや機関投資家からの資金調達が必要になります。新規事業の市場性などプロの投資家や専門家に厳しく査定されますし、また、競合他社との競争も厳しくなります。

 このように、起業家は10-20年近くかけて新規事業を成功に導きます。その間、あらゆるリスクに晒され、苦労を味わいます。英語では”skin in the game”と言い、「自らがリスクと責任に肌身を晒さないと収益の価値がわからないし、他者からの信用も得られない」という意味に私は解釈しています。

 かつてモルガン・スタンレーの花形ストラテジストで金融界では有名人だったバートン・ビッグス氏は、2003年に退社して仲間とヘッジファンドを始めました。この時のことを振り返り、ビッグス氏は著書”Hedge Hogging”で「モルガン・スタンレーの看板があった時と異なり、独立して投資家から資金集めるのには大変苦労した」と回想しています。つまり、看板なしの一介のスタートアップになった瞬間、彼は一から自らの信用を再構築しなければならず、泥臭い苦労をしたのです。

 政府と大企業が作る「官民ファンド」には、この泥臭さ、運用当事者自らがリスクと責任を肌身に晒して資金を集める苦労がない。国民の税金や企業の資金はそこにあるし、ファンド運用に失敗しても投資家から罵声を浴びせられることもないし、クビになることもない。シリコンバレーから見ると、No skin in the gameの状態にあるのです。シリコンバレーの起業家たちはこのことを知っているので、日本から1千人来ようが、相手にしないだろうと思います。

 萩生田氏や経産省がなすべきことは、日本国内の優れた起業家を邪険に扱わないことに限ると思います。一例ですが、2012年にシャフトという東大発のベンチャー企業がありました。優れた歩行ロボットを開発したのですが、経産省から資金が提供されずに、2013年にグーグルにプレゼンに行き、すぐに100億円近い資金を調達し、その後買収されグーグルXの傘下に入りました。

 日本では優れた発明や技術開発、研究がたくさんあります。しかし、市場性を得るまでの資金の出し手がいないのです。理由は「そんなことは前例がない、既得権の邪魔になることをするな」がほとんどです。シャフトも「そんなにやりたければアメリカに行けばいい・・・」と言われたそうです。

(日経ビジネス 「ゾンビ企業を助け新産業を見殺す国」

https://business.nikkei.com/atcl/NBD/15/special/122800190/ )

 シリコンバレーに1千人送るよりも、まず自らの姿勢を正し、日本でリスクマネーを回すこと、そして一度事業に失敗しても再度挑戦できる「敗者復活」の道を作ることが先決です。

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