グローバルストリームニュース
国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

日銀YCCは資本主義を壊す 今こそ、小室直樹氏に学ぼう

 昨年9月から日銀による為替介入や「黒田ショック」について、私の動画やこのニュースレターでも取り上げてきました。そして、おそらく多くの方々が関心を持たれたようで、いつもよりも多くのコメントを頂きました。

 特に、昨年12月20日に日銀が長期金利の変動幅を±0.25%から±0.5%に拡大した所謂「黒田ショック」に関して、私は1月20日の及川幸久さんとの対談(ニコ生放送)で「イールドカーブコントロールYCCは、合理的なリスク・リターンの計算に基づく価格形成を妨げ、債券市場を壊す」と発言しました。及川さんは「これでは資本主義ではないですね、もはやソ連のような社会主義国家ですね」と返してくれました。本当にその通りです。

 日本は世界の中でとても金持ちです。経済に必要な「ヒト、モノ、カネ」がふんだんにあります。巨大な生産力があるにもかかわらず、生産性が凹んでいる、カネが有機的に循環していかない、起業家マインド・活力が萎んでいる・・・第二次大戦後の「奇跡の経済成長」で蓄積した先代の富を30-40年かけてゆっくりと食い潰しつつある・・・国民も「ゆでガエル」ではいかん!と気づいています。当然、政府も問題は認識しています。しかし、「何をどう解決していけば良いのかわからない」というのが現実です。

 小室直樹氏(1932-2010年)は、優れた社会科学者で、先見性に溢れたコンテンツをたくさん残してくれました。小室氏は、今から25年前に「今の日本はソ連と同じ問題に直面している。ソ連もスターリン時代に奇跡の成長を遂げた、しかし、1980年代には経済がボロボロになり、1989年には国家体制が崩壊した。このままいけばソ連のように日本経済は崩壊する」と警告しています。

 私は1979-81年頃、東大本郷で行われた小室直樹氏の自主ゼミに通っていました。小室氏については、当ニュースレター(2019年6月7日号)で「小室直樹先生の預言的未来に向けて」を記しました。

 加えて先日、1998年8月28日に行われた小室氏のセミナー動画を見ました。セミナー冒頭で小室氏は「これはもう、大変な時代になったと思います」と切り出しています。ちょうど1998年8月17日にルーブル建てロシア国債がデフォルトを起こし、ロシア危機が世界に蔓延し始めた直後です。その前年、1997年には山一證券、拓殖銀行が破綻、1998年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の破綻が相次ぎ、バブルの後始末が後手に回り、不良債権問題で日本の金融危機がピークに達した頃です。

動画 小室直樹氏「資本主義の精神」 https://www.youtube.com/watch?v=0LLptWK9oqc

 この動画の中で小室氏は日本がいかに社会主義に近く、自民党政権がまともな「計画経済」を作成する能力を欠き、戦後も地主階級と封建的人間関係(タテ社会)を温存したままの家産官僚体制が陰に陽に民間経済を抑圧したかについて、滔々と述べています。政権側も官僚も、国民の生命と財産を守るといった基本的な国民との契約に基づき国富の形成や国益の最大化のために心血を注ぐというのではなく、ひたすら「タコツボ化」した派閥や省益を優先し、既得権益に死に金を注ぎ込んでいます。

 日本の方向性に関わる人々が、世界を俯瞰する知見を欠き、何よりも「資本主義の精神」を理解していない、これが小室氏の指摘です。日本でもソ連のように政府が無闇に経済に干渉し、市場機能を殺してしまう・・・競争はなく、人々はいくら働いても給与は同じで平等だとどうなるか。労働者はなるべくサボる、上から言われたからやるという無責任体制が組織に蔓延し、「目的合理性」は貫徹せず、欠陥品で在庫が溢れる、物は市場に出回らない・・・これがソ連経済の末期症状でした。

 そんなソ連の末期のように日本がなるわけがない!と多くの人が感じるはずです。民間企業ではそれなりに競争があるし、日本には安くて良いモノやオモテナシで溢れている。確かに製造業やサービスにおいてはそうです。しかし、金融においては大蔵省が長い間規制し、国内にはまともな競争がないというのが小室氏の指摘です。そして、今では、日銀も市場金利をコントロールし続けています。ここまでがんじがらめにされると、真っ当な資本市場が発展していかないです。私は、金融業界こそがソ連の末期症状のようだと思います。そして、そのツケを払うのは国民です。

 中国共産党は「共同富裕」をスローガンに掲げました。社会主義、共産主義では「平等」が達成されても、平等に貧しくなるのです。なぜそうなるのか?例えば、ある学級でテストをしました。Aさんは事前によく勉強して100点を取りました。Bさんは50点、Cさんは努力しなかったので30点でした。学級の先生が、「みんな平等に60点にします。Aさんは10点をBさんに、30点をCさんに譲りなさい」と言いました。Aさんは帰宅して両親に「努力してもしなくても同じだったら、何で私だけ損するのか?アホくさいから2度と頑張らない」と不貞腐れて言いました。こうして学級全体の学力はどんどん落ちていきました。みんなが何かを一生懸命やってみるという気概がなくなり、先生のご機嫌を取ることばかりに気を取られるようになってモラルハザードが日常化したからです。

 家産官僚国家、統制経済の行く末は、マックス・ウェーバーの論じた「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」もない。また、社会主義や共産主義は伝統や宗教心も否定するので、日本の独特の美徳や倫理観も失われてしまう。アベノミクス終焉は日本の「戦後レジーム」の終焉です。これからソ連のような国体の自己崩壊を防ぐために、日本は内側の敵と外側の敵とどう戦うか?

ヘッジファンドニュースレター

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