「オフェンシブ・リアリズム」の時代をどう生き残るか? 「エンデの遺言」に学ぶ– 私たちはどこから来てどこへ行くのか?
この1週間で世界では大きな事件が起こりました。5月15日にスロヴァキアのロベルト・フィン首相が銃撃され、一命を取り留めました。20日にはイランのライシ大統領と外相を乗せたヘリコプターがアゼルバイジャンとの国境付近の山岳地帯に墜落し、両氏とも死亡が確認されました。イラン最高指導者ハメネイ師は国内の混乱は生じないと述べ、副首相、副外相それぞれが後継者として職務を引き継いでいます。
2022年7月には我が国でも元首相の暗殺事件が起こりました。事件の深層はまだよく見えてきていません。あちこちでさまざまな軋みを生じつつ、世界秩序の大きな地殻変動が進行中です。これからの10年、20年を鑑みると、世界の安全保障、貿易体制、金融システムのみならず、国境や国の存在までもが変更を迫られる事態になるかもしれません。このトレンドは米大統領選挙でバイデンになろうがトランプになろうが変わることなく、中露のブロック化、そして世界の多極化の動きは続くと考えています。
世界は、各国が総力を尽くして生き残ろうとする、ナショナリズムが台頭する不安定化の時代に移行しています。その中で中露関係のような目先の利益に基づく「戦略的パートナーシップ」が跋扈し、まさに、ミアシャイマー博士の言う「Offensive realism(攻撃的現実主義)」の時代です。そんな中に丸裸で立っている日本にとっては「独立自尊」を保ち世界でどう生き残っていくか、厳しい時代になると思います。
ナショナリズムが台頭する時には狂信的な国家主義が経済を支配するのか?オフェンシブ・リアリズム下では、戦時下の統制経済のような国民経済になってしまうのか?民主主義の死と共に、自由な経済活動も死滅し、国家全体主義的・独裁的共産主義に向かうのか?私は、2019年からの20年は、E.H. カーの名著『危機の20年 The Twenty Years’ Crisis, 1919-1939』を思い起こします。そこに描かれた第1次大戦が終わり、第2次対戦が始まるまでの20年に近いのではないかと想像しています。果たして歴史は繰り返すのか?
1929年の世界恐慌は、世界中の人々を失業させ、その富を奪いました。突然の恐慌で明日食べるものも手に入らないかもしれないといった困難の中、オーストリアのチロル地方の小都市、人口5千人のヴェルグルの街では奇跡が起こりました。1932年にウンターグッゲンベルガー町長が地域通貨を発行し、人々に仕事とパンを与えたのです。この地域通貨は「ヴェルグル労働証明書」という名目のチケットとして発行され、人々は街の道路などのインフラ整備や公共のために働くとチケットにスタンプを押してもらい、そのスタンプでパンを買います。パン屋はそのお金を持って小麦を買いに行く・・・といったように街の中にお金が循環し始め、街の経済活動が活発になり景気が良くなったのです。
金融恐慌でお金が回らなくなり、人々が飢える中、ウンターグッゲンベルガー町長は、経済学者シルヴィオ・ゲゼルの唱えた「自由貨幣」の理論を実践したのです。ゲゼルは『自然的経済秩序 The Natural Economic Order』(1916)を著し、社会的秩序と通貨の安定の相関性を論じました。ゲゼルはのちにケインズ『雇用・利子及び貨幣の一般理論』(1936)に大きな影響を与えました。
さて、ヴェルグルの奇跡は1933年に終わります。オーストリア政府が小さな田舎街が通貨発行権を勝手に行使することを認めなかったためです。こうした一連の通貨の意味と経済危機の関連を考える上で、「エンデの遺言: 根源からお金を問う」(動画NHK 1999年)は大変参考になります。地域通貨の実践についても詳しく描かれています。ぜひご覧になってください。
ちなみにエンデとはドイツの作家ミヒャエル・エンデ氏で、童話「モモ」は日本でも翻訳され、多くの人々に読まれてきました。
エンデ氏がお金について考えた30年前と比べると、今の時代は、もっと「お金の時代」、金融資本の時代になっています。今の経済活動で必要とされるお金の量を遥かに超えた、おそらく実体経済の10倍もの量のお金が世界の金融市場を駆け巡っています。マネーは株や債券、不動産、金やビットコインなどにより高い利益を求めて動き回り、取引されているのです。
ではなぜこんなに投資マネーが増えてしまったのか?米国を中心に、先進国が金融危機のたびに通貨の発行を増やしてきたためです。特に2008年リーマンショック以降、恐慌に陥らないようにと政府が量的緩和を実施し、資本市場にはお金が溢れました。
2008年から今日に至るまで、S&P500指数はリーマンショックの底値から、10倍近くに膨れ上がっています。しかしその間に、金融資産を持てる者と持たざる者の間には大きな格差が開いていきました。そして、2022年3月にFRBが利上げに踏み切り、かつ量的引き締めに転じたことから、長きに渡った「ゴルディロック(適温相場)」が終わり、次にどのような「パラダイムシフト」が起こるのか、金融市場には恐怖が走りました。ところがパンデミックの期間、政府が莫大な財政支援を続けたために、金融市場では政府と中央銀行が絶大な影響を及ぼし、国家中央集権的な力がコントロールを強めています。
さて、肝心の我が日本、「オフェンシブ・リアリズム」の世界をどう生き残れるのか?解散選挙が近づく中、おそらく敗戦以来の最大のパラダイムシフトが起こってくると予想されます。そうした変化をどのようにチャンスに変えていけるのか?誰がトップになろうと、国外には、米・中・ロシア・北朝鮮からの圧力を受け、国内からは既得権益で固まった官僚組織と財界の圧力を受けるのは目に見えている。そんな中で国民の生命と財産を守れる、世界に通用する見識を持った人材が日本にいるのか?
私は「危機の時代」、山口壯(つよし)衆議院議員(自民党)に望みを託しています。外交官から政治家に転じた山口議員は私も学んだジョンズホプキンズ高等国際関係大学院(SAIS)で国際政治学博士号を取られた優れた戦略家です。つい最近『日本の新戦略:反転攻勢のグランド・ストラテジー』(2023)を著しました。山口氏は太平洋・アジアにおける「不戦のメカニズム」を説き、新しい経済・貿易の連携構想を打ち出しています。日本の取るべき「ピースメーカー」の役割を示し、日本の立ち位置を確保し、覇権を争うのではなく、王道を進むという新しい道を示しています。文章は平易ですが、中身は深淵です。
「エンデの遺言」は貨幣経済の在り方、通貨の意味を問いかけています。そして、一つの共同体がどう経済を回し、生き残っていけるのか、深淵な意味があります。その先には「国民経済」があり、私たち全世界の市民が総力を上げて一国の安全と生き残りを確保しなければならない時代にあると、改めて気づきます。この現実に向けて、イデオロギーの空中戦ではなく、冷徹なリアリズムを持って処していく日本なりの哲学や理念を外に向けて発信する必要があります。
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