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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

UBI(ユニバーサル ベーシックインカム)とカマラノミクス、借金漬けの後に来る「人類家畜化」

 日本でも「ベーシックインカム」導入の議論があります。これはすべての国民が生活していくのに最低必要な収入を現金で定期的に個々人に政府が直接支給する制度です。

 すべての国民が、職業や年齢性別に関わらず、「貧困ライン」を超えて生存していかれる「実質的平等」な社会制度は一見よさそうです。しかし実際に検証してみると、いくつかの問題点もあります。米国ではユニバーサル ベーシックインカム(UBI)の効果についてマクロ経済的なシミュレーションがあります。そして、こうした理論を踏まえて、UBI導入の社会実験は、コロナ禍で政府が個人の口座に直接現金を支給したイベントとして実施されたのです。

 まずUBIの理論的検証として、”Modeling the Macroeconomic Effects of Universal Basic Income”(「UBIマクロ経済効果モデル」、August 2017, Roosevelt Institute)があります。著者はLevy Instituteの研究者Michalis Nikiforosら3名の経済学者です。彼らはLevy Model に基づくシミュレーションを行いました。以下、簡単にまとめておきます。

(注) https://rooseveltinstitute.org/wp-content/uploads/2020/07/RI-Macroeconomic-Effects-of-UBI-201708.pdf

 当論文では、以下の3つの前提に分けて、UBI導入の経済効果を検証しました。

  1. 子供手当として子供一人に毎月250ドル支給
  2. 大人一人に毎月500ドル支給
  3. 大人一人に毎月1000ドル支給

 さらに、支給金で増える財政支出をどう賄うかについて、(a)増税による歳入増加分で補填、(b)政府負債で賄う、の2通りの前提をおきました、 

 こうした前提で8年間のシミュレーションを行った結果はどうか?結果はかなり常識的で皆さんが容易に想像できる内容です。

  1. UBI導入から経済効果が判明するまで3年かかる、タイムラグがある
  2. 導入時に一時的にGDPを引き上げるが、中期的効果はない
  3. 支給額が多額になる程効果は大きく現れる
  4. 導入コストを増税で賄う場合、経済効果は打ち消される
  5. 導入コストで政府債務が増え、長期的な成長を阻む
  6. 導入により働かない人が増え、失業率が増える、同時に人手不足になる
  7. 労働力不足から賃金上昇が起こる
  8. 労働市場の中で、スキル・ギャップが生じる、
  9. 求人、労働基準の厳格化、住宅市場の間で地理的なミスマッチが起こる

 増税や政府債務の重荷が経済全体にのしかかり、結局UBIそのものは長期的な成長を促さないのです。現在の米国の歳出の中身を見ると、ほとんどが社会保障費や借金の利払いに使われ、生産性を高めるための投資はわずかです。政府が生産性を高めるための投資をしないまま、債務が巨大化し大きな政府が大きくなり過ぎると、経済全体の足を引っ張ります。

引用:Center on Budget and Policy Priorities (2024年7月18日付)
https://www.cbpp.org/research/federal-budget/where-do-our-federal-tax-dollars-go

 さて、コロナ禍では世界同時多発的に強制的なロックダウンが実施され、経済活動が止まりました。その数ヶ月間、国民は家に閉じこもり政府からの支給金を受け取りました。おかげで手元に余剰資金が溜まり、貯蓄率は上昇し借金が減りました。しかしこれも一時的で、ロックダウン解除後に「リベンジ消費」が起こり、しかも供給が需要に追いつかずにインフレが起こりました。さらに労働市場ではロックダウンと同時に失業率が急上昇し、解除後に雇用を元通りにするのに時間がかかりました。そのタイムラグの間に大量の不法移民が国内に流入してきました。

 2020年11月の大統領選挙から半年前くらいからバイデン政権成立以来ずっと、米国ではこのような人為的で異常な経済ショックと急激な社会変動が引き起こされたのです。2024年9月の今、米国の中間層はインフレで生活が苦しくなり、若年層は大学を出ても学生ローンを抱え、住宅費の高騰や物価高で結婚してマイホームを持つこともままならない現実に直面しています。こうした現象を「日本のような経済の長期的な低迷だ」とし、「Japanification」と称するくらいです。そのくらいトランプ政権と比べて、生活が悪化していると感じる人がほとんどです。

 そんな中で、カマラ・ハリス大統領候補は「カマラノミクス」を掲げ、価格統制や住宅供給と増税をパッケージとした社会主義的な政策を訴えています。カマラノミクスは特に学生ローン返済に苦しむ若年層を味方にしようとしています。仮にハリス当選で、UBIが導入され借金から解放されれば、一見自由で楽になるように感じるかもしれません。しかしそれは一時的で、その後には悪夢のような生活がやってくるでしょう。

 例えば、UBIで支給されたお金を何にどう使うか、監視されるようになる。政府から供給された住宅に住めば、ガスが使えなくなる、電気だけで、使える電力も制限されるといったように行動の自由は狭められていきます。経済的自由、すなわちどのような商売をするか、どう働くか、そして得たお金をどこでどう使うか、そういったあらゆる行動が制限されていきます。カマラノミクスのゴールはまさにグローバリストの桃源郷、「人類家畜化」にあるのです。

 経済的自由は良心の自由、信仰心や信条の自由ともつながっています。米国市民から経済的自由が奪われてしまえば、資本主義は死に絶え、米国は米国でなくなります。こうした国内深部に潜むリスクについて、リンカーン大統領は以下のような警告をしています。

America will never be destroyed from the outside. If we falter and lose our freedoms, it will be because we destroyed ourselves.

  米国を分断させ内戦となった南北戦争を生き抜き、再び米国に統一と資本主義の繁栄をもたらしたリンカーンならではの言葉です。敵は外ではなく、内部に潜む・・・

 果たして、トランプは21世紀のリンカーンとなるか?若きヴァンスがその重責を担うのではないかと私は予想しています。

 このように建国以来の危機に見舞われる米国。米国の変化は否応なく日本にも及びます。今、日本は総裁選の最中ですが、果たして候補者は怒涛のような世界秩序、世界観、世界精神の変化に追い付いていかれるのか?米国の危機と変化は、日本と重なります。

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