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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

ヘッジファンドから財務長官へ 国家金融資本主義の権化出現

 この数日間で第2次トランプ政権(トランプ2.0)における経済・金融に関わる主要ポスト候補が決まりました。注目はスコット・ベッセント財務長官(63歳)、ハワード・ラトニック商務長官(63歳)、そしてロバート・ライトハウザーUSTR代表(77歳)の三役です。

 私はベッセント氏とラトニック氏と同じ世代で、私も同じ時代にウォール街とヘッジファンド業界で過ごし、その空気を共有しました。彼らは金融界で素晴らしい成功を収めたのですが、その輝かしいキャリアの裏には挫折やどん底から這い上がる厳しい経験もありました。今回はベッセント氏について私の感想をお伝えします。

 トランプ2.0で最も注目された人事は財務長官でした。私はケビン・ウォルシュ氏(54歳、元FRB理事)かと予想していました。私の予想は外れました。でもベッセント氏の経験してきたことを振り返ると財務長官として彼がトランプ2.0で何を期待されているのかがよく理解できます。

 金融誌Zero Hedge (11/23付)はベッセント氏がいかに空売り専門ヘッジファンドで大成功したか、その手腕を讃えています。彼はイェール大学卒業後、ジム・ロジャーズ(同大学の先輩)を師と仰ぎ、空売り専門ヘッジファンド、キニコスのジム・チャノス氏の下で修行しました。(ちなみにジム・ロジャーズ氏は日本でも著名な投資家。私は20年ほど前にまだ彼がマンハッタンのウェストサイドの邸宅に住んでいた頃に日経CNBCのインタビューでお会いしたことがあり、その時「自分は背が低いのでイェール大学ボート部のコックスをやっていた」と当時のボート競争の絵を見せて話してくれたことがありました。とてもお茶目で面白い人です。)

 その後ベッセント氏は1991年にソロス・ファンドに転職し、ロンドンオフィスのヘッドになります。そして1992年9月16日に歴史に残る「英ポンド売り」を仕掛け、ソロスの名を世界に知らしめ、ソロスファンドには10億ドル以上の収益をもたらしたと言われています。

 次に注目すべき彼の実績は2013年の日本円の空売りで、2012年12月に民主党から第2次安倍内閣に政権が移行し、2013年からアベノミクスが本格始動した矢先、ソロスファンドは日銀の超金融緩和策に乗じて大規模な「円の空売り」を仕掛け、この「円キャリ」で10億ドル以上の収益を得たと言われています。

 2015年にベッセント氏はソロスファンドから独立し、自らのファンド、キースクウェアを立ち上げました。ロイター記事によると、ベッセント氏のファンドは2015年に45億ドル(内20億ドルはジョージ・ソロスの資金)で運用を開始し、2016年にはブレクジット(Brexit英国がEUから離脱)とトランプ勝利を予測し見事に当てて、良い実績を上げました。しかしその後、2017年から21年までは収益が上げられず、9割の投資資金が解約されたようです。

 ヘッジファンド運用に加え、ベッセント氏は2016年からトランプ氏の政治活動を応援し、多額の寄付を実施しました。今回の選挙でも「トランプトレード」を予測していたようです。彼はヘッジファンド業界のインサイダー中のインサイダーであり、その本人が財務長官となるということは、彼のマクロ系ヘッジファンドの手法を政策にあますことなく活かすことこそがトランプ2.0の目的であるといえます。

 ベッセント氏の最大の強みは、金融と地政学とを合わせたインテリジェンス、マクロトレンドの先読みの深さにあると思います。私は2020年1月に武蔵野大学政治経済学紀要に「21世紀の金融地政学:資本主義の消滅と無制限政府の出現」と題する論文を発表しました。ここでは金融Financeと地政学 Geopoliticsがシンクロナイズし、金融、軍事、ITといった21世紀のトレンドをセットする「金融地政学」を中心に、国際政治が展開していくマクロ情勢を予想しました。

 ベッセント氏はまさに「金融地政学」の権化のように現れました。彼の優れたマクロ系ヘッジファンド運用能力は米国の国家目標に向けて最大限発揮されるでしょう。私は金融がグローバル資本主義のツールとして国家戦略に活用される必然を、拙著「国富倍増:日本国富ファンド、グローバル金融資本主義の政治経済」(2013年)に記し、出版しましたが、今や米国は「国家金融資本主義」の権化となりつつあります。ベッセント氏に加え、JDヴァンス副大統領はベンチャーキャピタル、ラワズワミ政府効率化省はヘッジファンド出身です。彼らは金融の現場でリスクテイカーであり、成功を収めてきたビジネスマンです。そうした官僚でない人々が官僚の上に立ち指導権を握ります。組織はビジネス向けにより効率的に動くようになるでしょう。

 トランプ2.0の最終目標は、米ドルの通貨発行権をFRBの株主たち(グローバル金融大資本家)から財務省に戻すことです。彼は次期トランプ政権のもとで通貨政策の再調整を期待されており、そのためには次期FRB議長の人選にトランプ氏と共に取り組むでしょう。その意味で、パウエル議長は2026年5月の任期までその職に留まらないと思われます。パウエル氏の後に、私が最初に予想していたケビン・ウォルシュ氏がFRB議長に収まるかもしれません。

いずれにせよ年明けから、ベッセント氏とFRBは日銀に向けても大きな影響力を発揮するでしょう。

(次回はラトニック氏についてお伝えします。)

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