先週はドラギ総裁の超低金利政策続行のニュースにマーケットが好感し、日銀の次なる緩和策にも期待が高まっている。しかし、基本的なトレンドに大きな変化はない。相場は「三割戻し」。下げては3割くらい上げ、また下げるといった繰り返しである。その大きな要因に原油安がある。
かつて炭鉱が安全かどうかを事前に確かめるために、まずカナリアを放って、無事に戻って来たらこの先に有毒ガスもないと判断し、人が掘り進んだ。
先週は「逆オイルショック」について述べたが、原油こそ、炭鉱という見通しの見えない景気の中に放たれたカナリアではないかと考える。原油安という現実から何を学ぶべきか。この先、世界の景気や金融市場はどうなるのだろうか。
原油安は原油の供給拡大と需要縮小という理由がある一方で、そのウラには米ソ対立と世界の大きな構造変化を見て取れる。
ちょうど30年前の1986年、原油はバレル辺り15.02ドル(WTI)に落ち込み、原油安という意味で「逆オイルショック」があった。米テキサス州では油井掘削などの関連業者の3割近くが破たんに追い込まれた。
また、米ソ対立の国際関係から見ると、同年のチェルノブイリ原発事故と同期し、このオイルショックはソ連の解体を早めたのだ。
85年には、ソ連でゴルバチョフがペレストロイカ(改革)とグラスノチス(情報公開)を断行し、日本ではプラザ合意を機に急激な円高が進んだ。89年11月にベルリンの壁が崩壊し、同年12月に日本のバブルも崩壊した。ソ連が崩壊し、日本経済がデフレ不況に突入する大きな転換点となった。そして、一人勝ちした米国がIT革命を成功させ、世界経済を牽引することになる。
次に原油価格が10ドル台まで下げたのは1998年だった。バレル辺り14.42ドル(WTI)となり、ロシア財政は逼迫し、ルーブル建てロシア国債がデフォルトに陥った。このロシア危機はウォール街にも波及し、大手ヘッジファンドLTCMが破たんに追い込まれ、金融市場はパニックに陥った。
ところで、ソ連崩壊後のロシアでは急速な民営化が断行され、新興財閥(オルガーキ)が原油や天然ガスなど資源を独占し、急速に台頭してきていた。ところが、ロシアショック後、オリガーキの有力者ホドルコフスキーは2003年にプーチンによって逮捕され、投獄された。強いロシアを目指すプーチンが、オリガーキの富を国富として取り戻す戦いを仕掛けたのだ。
さらに金融業界にとって、原油安はいわば担保価値の下落を意味する。例えば、これまでバレル辺り100ドルの石油が30ドルに下落すれば、7割も担保価値が減り、産油国や石油企業に融資を行う銀行にとって、回収出来ないかもしれない潜在的不良資産を抱えることになる。特に原油およびコモディティを一次産品とするベネズエラ、コロンビア、ブラジルなどでは、信用逼迫の恐れがある。現にベネズエラではインフレ率700%と危機的状況である。
原油価格は再び10ドル台に突入するのだろうか。米国がロシアを抑止し続ける3-6ヶ月ほどは、このトレンドは続くだろう。そうなれば、ベネズエラやプエルトリコのデフォルトの懸念が高まるし、テキサス州でも86年と同じように中小石油関連企業の破たんが迫っている。
原油安は株価に同影響するだろうか。当然、エクソンモービルなど大手石油会社の業績は悪化し、米国株式相場にも下げ圧力となる。しかし、原材料価格が下がれば一般企業は増収し、消費者にとってもガソリン価格の下落は購買力を強めるので、経済にとってはプラスである。株価が下げ止まれば、企業業績の回復や個人消費の伸びで、株価も反発に転じるはずである。
ただし、原油をめぐる国際関係はずっと複雑である。例えば、サウジは中国、日本に次いで三番目の米国債保有国である。産油国が米国債を一斉に売り浴びせたら、債券市場は混乱し、新たな金融危機を招くかもしれない。
急激な原油安はどこかで大きな地雷を踏む事になるだろう。
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