ホームレス・クライシス 米国市民社会の危機
今、米国では住宅価格が高騰しています。パンデミックとロックダウンで外出できなかったため、今までのライフスタイルを見直し、住み替え需要が高まった点については、前号でもお伝えしました。
加えて、政治的な信条から、民主党色の強い州から共和党の強い州へ移住する人もいます。民主党の強い州では財政が逼迫し、税金が高く、パンデミック感染率が高いという傾向があります。これから増税が見込まれるカリフォルニアやニューヨーク州の都市部から、よりビジネスフレンドリーなフロリダやテキサスへ移住する人も多いです。
米連邦住宅金融庁によれば(5/25付)、住宅価格は前年同期比で12.6%上昇し、住宅価格の上昇率は2020年第1四半期の2倍以上と、価格はぐんぐん上昇しています。また、人気の地域は、年間の上昇率ランキングで見ると、1位アイダホ州 23.7%、2位ユタ州 19.2%、3位アリゾナ州 17.4%です。西海岸から自然豊かな山間部への移住が進んでいるようです。
さらに、米国では人口動態の観点から、ミレニアム世代が家族形成の年齢になり、最初の住宅購入の時期に入っています。そのため、住宅需要が増え、供給が追いついていないことから住宅価格を押し上げています。中古住宅販売価格の中間値は30万ドル(3300万円)と、14年ぶりの高値です。現状、若い世代が住宅を取得するのは難しくなっています。仮に貯金を取り崩して住宅ローンを組んで家を買っても、長い間ローン返済の負担を背負うことになります。
このように、ライフスタイルに応じて移動できる人たちはラッキーです。実は米国では、ホームレス「家なき子」が増える傾向にあります。昨年ロックダウンで多くの人が失職し収入が激減しました。政府は緊急支援策として生活支援金や家賃補助の措置をとりました。住宅ローン返済ができない、家賃を払えないといった状況の人たちには支払いの猶予期間(モラトリアム)が設けられました。コロナ禍、多くの人々がこうした支援を受けて、生活をつないできました。
ところが、このモラトリアムは終わりに近づいています。生活支援金と家賃補助の給付はこの8月から9月にかけて終了します。また、家主や不動産オーナーは正当な家賃の支払いを求め、支払いができなければ「立ち退き」を求めています。そうしないと彼ら自身の事業経営が立ち行かなくなります。
今後「立ち退き」が強制的に実施されると、ホームレスの増大が予想されます。そうなると、様々な社会問題が出てきます。例えば、カリフォルニア州の風光明媚で有名なベニス・ビーチでは、すでにホームレスがビーチや歩道を占拠し、ホームレス・コミュニティが形成され、街の観光や治安に深刻な支障が出ています。
ニューヨークポストや多くのメディアが、ベニス・ビーチの「ホームレス・クライシス」を取り上げ、こうした危機は他の多くのコミュニティでも起こりうると警告しています。
Venice Beach boardwalk in California is now ‘dangerous’ homeless encampment
ホームレス増大は、米国の市民社会の危機です。「自らの労働力以外何も失うものがない」、マルクス主義でいう典型的なプロレタリアート(無産市民)が大量生産されています。
これまでマイホームを持つことが「アメリカン・ドリーム」でした。移民の人たちは一生懸命働いて家を買い、家族で暮らせること、豊かになることを夢見て努力してきました。努力すれば報われる、これが「アメリカン・ドリーム」であり、誰にでもそのチャンスが与えられる。これが、米国市民社会の「社会契約」だったはずです。
「マイホーム」は、労働者階級(無産市民層)から中間階級(市民層)への仲間入りを果たすメルクマールです。米国では、ジャクソンデモクラシーの頃から、広範な中間階級が形成され、彼らが勤勉さと道徳心を持って働くことで資本主義経済が成長し、コミュニティが発展し、市民社会の秩序が保たれてきました。
ところが、これから若い人たちがマイホームを持とうとすれば、住宅ローンを皮切りに、自動車ローン、子供の学費ローン、個人消費のためのクレジットカードローンなど、多くの借金を背負わなければなりません。驚くべきことは、若い世代だけでなく、60歳を過ぎても学費ローン返済に追われている人も少なくないのです。
なぜ20年も30年も、返済が終わらないのか?借金は元本に利息がついて複利で増えていくため、いったん失業などで収入が途絶えると、借金だけが恐ろしい勢いで増え続けていきます。気が付いたら一生、借金漬けになってしまう。多くの普通の米国人にこんな悲惨な状況が報告されています。
コロナ禍で貧富の格差はますます拡大しています。その過程で、ホームレス・クライシスはコミュニティの崩壊、無法地帯での犯罪や暴動の蔓延を引き起こし、市民社会そのものを壊していきます。米国市民がこの危機にどう立ち向かうか?
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