米国アフガンから撤退、中共はどう出るか? グレート・ゲームの行方
米国がアフガニスタンから惨めな撤退をする様子が大きく報じられています。軍用ヘリコプターが米国大使館から飛び立つ様子は、まるでミュージカル「ミス・サイゴン」の一場面のようです。
私は2001年9月11日にマンハッタンで「世界同時多発テロ」を目の当たりにしました。そして、当時のブッシュ(子)政権がアフガン侵攻を始めた時の様子を、拙著『ウォール街のマネーエリートたち』(日本経済新聞社2004年)で描きました。
そもそも、なぜアフガン侵攻になったのか。9/11テロの主犯アルカイダの拠点がアフガニスタンにあり、タリバンが首謀者ウサマ・ビン・ラディンを米国に引き渡さなかったためです。
あれから20年近くが経ち、米中対立やパンデミック(ウィルス戦争)と、世界が大きく変動しています。しかし、アフガニスタンは21世紀にも、米中露といった列強の「緩衝国家」として位置づけられる運命にあります。
米国アフガニスタン撤退は金融市場には直接大きなインパクトはないものの、今後の中央アジアの覇権をめぐる「グレート・ゲーム」に関わる、地政学上の一大事です。
21世紀の「グレート・ゲーム」では、中共の「一帯一路」という国家戦略に、アフガンに加えてパキスタン、イラン、インド、ウズベキスタン、タジキスタンが直接関わることになります。以下、ザックリと説明していきます。
アフガニスタン=「緩衝国家」
19世紀、大英帝国はアフガニスタンと3度に渡る戦争を経て、この多民族国家の支配が容易でないと考え、南下政策をとる帝政ロシアに対してアフガンを「緩衝国家」として利用する戦略をとりました。ユーラシア大陸のハートランドに位置するロシアと、植民地インドのはざまに緩衝地帯を設けたのです。
そして、大英帝国対ロシアの「グレート・ゲーム」は20世紀に入り、第2次大戦後に米ソ冷戦に引き継がれます。インドは社会主義国として独立し、ソ連の計画経済を踏襲します。米国はインドを警戒し、パキスタンに接近します。1980年代にソ連軍はアフガンに侵攻し、イスラムゲリラ(ムジャヒディン: アラブ諸国からジハード聖戦を戦うために集まった志願兵)が激しく抵抗しました。米国は密かに、パキスタンに逃れたアフガンのパシュトゥーン人を支援しました。
下の地図をご覧ください。アフガンはまるで民族のモザイクです。多数派民族はパシュートゥーン人(スンニ派)で、東部・北部のペルシャ系のタジクは2番目の民族で全体の20-30%を占め、他にはチュルク系のウズベク、トルクメン、クルグズ、アイマク、ハザーラ人(シーア派でモンゴル系)がいます。さらに、パシュートゥーン人は二つの部族連合体(3つの王朝を輩出してきたドッラッニーとギルザイ)に分かれます。
1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、米ソ冷戦が終わりを迎えると、国内はムジャヒディン勢力間の内戦が激しくなります。多民族国家のアフガンはソ連に変わり、周辺国からの干渉も受けます。パキスタン、イラン、インド、インド、ウズベキスタン、タジキスタンがそれぞれの民族を支援するので、国内の分裂状態が続きました。そこに登場したのが「タリバン」です。
一方、1990年8月2日にイラクがクウェートに侵攻。ブッシュ(父)政権は1991年1月17日にイラク空爆を開始しました。湾岸戦争はイスラム社会に大きな亀裂を生み、米国への憎しみを深めました。1990年代イスラム原理主義の勢力が拡散される中、同時多発テロ後の2003年にブッシュ(子)大統領が再びイラクに侵攻。フセイン大統領のとどめを刺した後、米国はイラクを占領下に置きました。が、アフガンと同様、占領政策が米の国益になるはずがなく、反米イスラム過激派を産み出す結果となりました。[タリバン、アルカイダ、ISIS等についてはここでは省略します。]
中共がグレート・ゲームに名乗り上げ、パキスタンに接近
オバマ政権で「アラブの春」が起こる頃、米国に見捨てられたのはパキスタンです。パキスタンは中共寄りになり、「中国パキスタン経済回廊 CPEC」を通して、「一帯一路」の経済圏に組み込まれています。パキスタンの隣がアフガンで、アフガンはまさに中共の西の「緩衝国家」としての役割を担っています。
「シルクロードの再興」は一帯一路全体図です。「中パ経済回廊」は、グワダル港から新疆ウィグル自治区のカシュガルに到るまでの重要なルートです。グワダル港はアラビア海(特に隣国イラン)から原油を新疆ウイグル自治区のクラマイ(石油の町)まで運ぶ最短の陸路になります。
米国が「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、「中国包囲網」を強化する中、この「中パ経済回廊」は、中国にとってインド洋ルートを使わずにアラビア海から物資を運ぶ物流の重要拠点です。
ところが、この回廊はパキスタン国内の民族紛争地域をつないでいます。グワダル港は最大州バロチスタンに位置しています。この州のバローチ人(ペルシャ系)はアフガンにも多く、民族主義が強く、パキスタン中央政府に敵対し、また、バローチ解放軍(BLA)は中共に敵対し、グワダルでの殺害事件も起こしています。(詳細はニューズウィーク記事をご覧下さい。)
「一帯一路」に立ちふさがるバロチスタン解放軍とは―中国のジレンマ:ニューズウィーク
また、パキスタン北部のギルギット・バルチスタン州はインド・パキスタン紛争地カシミールの一部で、中国とアフガニスタンと接している戦略的要地です。パルチスタン人はチベット系です。この回廊のどこを通っても、民族紛争の火種ばかりです。
イスラム教神権国家と共産主義の戦い
このように、中共が「グレート・ゲーム」に参戦し、米英及び「自由で開かれたインド太平洋」主要国と対峙しています。そして、地政学的にアフガニスタンがその「緩衝国家」と位置づけられます。ロシアはこのゲームで手を汚すことなく、漁夫の利を得ようと虎視眈々と見守っています。
さて、中共がタリバン政権を取り込むのでしょうか。否。アフガンと中共とには絶対に相容れない点があります。タリバン政権は基本的にイスラム教原理主義に基づく聖俗一体化した政権です。近代市民社会的な「宗教上の寛容」やいわゆるダイバーシティがどのくらい機能するか見当がつきません。そして、中国は共産党一党独裁政権で、政権があらゆる宗教の権威の上にあり、「宗教はアヘンである」とみなし、絶対神の存在、民族自決や宗教上の慣習などを認めません。チベットやウィグルへの人権弾圧、ジェノサイドを見れば、共産主義がいかに全てを根こそぎにするのかが分かります。
そのため、当面は経済的利益のためにタリバン政権が中共に歩み寄ったとしても、いずれタリバンはジハード(神の国を実現するための聖戦)を始めるでしょう。そして、この戦いは最も無慈悲で悲惨なものになると同時に、周辺のイスラム国を巻き込み、複雑な民族対立を引き起こすことになります。そうした混乱の中、中共は中央アジア諸国の資源を狙っています。
私が最も心配することは、ケシ栽培に大きく依存するアフガンの産業構造です。タリバン政権が、国民経済を近代化できるとは思えません。おそらく、タリバン政権内での分裂が起こり、中共の支配下でケシ栽培に依存した一次産品経済を続け、貧困と恐怖と巨悪がアフガン国民を支配するでしょう。
(参考資料) 清水学先生の論文「アフガニスタンの「近代化」と国民統合 – 試論」2005年
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