緩衝国家は常に捨て駒である 満州国からの連続性について
安倍元首相が暗殺され、「大変な時代になった」と暗い時代の予感を感じている方は多いと思います。私はご本人と3回ほどお会いしお話ししたことがありますが、本当に無念というか、心よりお悔やみを申し上げます。
今私は、『朝鮮銀行:ある円通貨圏の滅亡』(多田井喜生著、ちくま文庫 2020年)を読んでいます。この本では、安倍元首相の祖父、岸信介氏が深く関わった満州国建設に至る過程で、円通貨が朝鮮銀行を通して、中国大陸に侵攻していく様相が詳しく記されています。
著者の多田井喜生氏は、現代史資料『占領地通貨工作』、『阿片問題』(みすず書房)で経済・通貨史の第一級の仕事をされています。満州国がどのように戦費を調達してきたか、そして第2次大戦の敗北でどのように通貨と共に崩壊していったか、その過程が一次資料から丹念に分析されています。
そして、満州国の利権に関わった人脈は戦後の自民党へつながっていったのですが、どうも、安倍元首相の暗殺によってこの連続性が断ち切られたのではないかという気がするのです。その理由は、日本が「経済大国」の地位から滑り落ち、米・中・ロシアの大国に囲まれた一緩衝国家に成り果てたという実相にあると思います。
「失われた30年」と言われながら、なぜ日本政府はこの厳しい現実を直視し、経済大国の地位を守ることができなかったのか。
「経済大国」だった日本は、近隣の韓国や中国に対してある程度の抑止力がありました。が、アベノミクス失速後、中国や韓国は日本経済がさらに弱体化していくと舐めてかかっています。外交上も対日強硬派が挑発的な態度を強めるでしょう。
かつての満州国もまた、ソ連、モンゴル、中国、そして日本の支配下にあった朝鮮半島の隙間に広がる「緩衝国家」でした。緩衝国家は、常に周辺の大国にとって「捨て駒」です。自らの力で生き残れなければ滅びていきます。日本の敗戦とともに満州国は滅びました。
ヤルタ会談では列強が日本を分割統治するという案もありましたが、戦後日本は米軍の占領下に置かれ、その後の経済成長を経て、繁栄を極めました。が、その裏では、米国にとって日本は中国とソ連といった2大共産主義国の緩衝地と位置づけられ、「米国の核の傘下」で戦後体制が維持されました。その意味で、日本は米国にとって「満州国」にあたるのです。
では、これから日本が経済力を失うにつれ、米国にとって日本の価値はどうなっていくのか?日本は再び列強による分割統治のリスクに晒されるのか?あるいは日米同盟があるから安全保障は確保されるのか?
目下のバイデン政権がアフガニスタン、ウクライナといった緩衝国家に対してどのように振る舞ってきたかを見れば、日米同盟ゆえにバイデン政権が有事の際に日本を守るかどうかは疑問です。
さらに、経済・通貨戦争においても、日本企業は外資ファンドに売られ、日本の不動産は中国資本に売られ、日本の富を生み出すシステムそのものが足元から自律性を失いつつあります。急激な円安が海外勢の日本買いを推し進めています。岸田政権の目玉「経済安全保障」はどこへいったのか?強い経済無くして基本的な安全保障はあり得ない。
日中戦争から太平洋戦争――。昭和20年の終戦の直後に来日したアメリカ合衆国戦略爆撃調査団の報告書は、日本の国力の脆弱さを指定してこういう。
「要するに日本という国は本質的に小国で、輸入原料に依存する産業構造をもてる貧弱な国であって、あらゆる型の近代的攻撃に対して無防備だった。手から口への、全くその日暮らしの日本経済には余力というものがなく、緊急事態に処する術がなかった・・・」
『朝鮮銀行:ある円通貨圏の滅亡』(多田井喜生著)
この日本の脆弱さの本質は今でも変わっていないのでは。
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