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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

緩衝通貨(バッファーカレンシー)としての円 通貨と自主独立について

 このところの急激な円安で、通貨について思いを巡らせています。「経済大国」と称された日本も経済が今後10-20年間も衰退し続ければ、ウクライナと同様に大国に挟まれた一緩衝国家として世界秩序の中に置かれるだろうし、日本円も米ドルと人民元の間に挟まれた「緩衝通貨」の地位に転落するだろうと、私は危機感を持っています。

 通貨について、通貨が流通するためには、発行体である地域あるいは国家が、自立した経済と自治権を確立している必要があります。特定の地域通貨、あるいは国の通貨が流通するためには、経済が活発に運営されて社会が繁栄しているのは必要条件で、加えて自分の身は自分で守れるという意味での安全保障が担保されていることが十分条件です。この必要十分が揃わなければ、通貨は自国以外に対して十分な信用力を発揮できません。

 歴史上、これまで様々な通貨が発行され流通してきました。特に、中世都市では自治権の確立と通貨の信用力は一体化していました。以前、私は奈良県橿原市今井町を訪れたことがあります。織田信長の時代、貿易で栄えた今井町は一向宗の共同体が団結し、織田軍に抵抗しました。そして、織田信長は今井町を尊重し、自治権を与えました。今井町には今でも当時の誇り高い自治都市の面影が保存されています。

 今井町は独自の裁判権を持ち、町の中に牢獄や裁判所があります。その裏には武器倉庫があり、外敵が攻めてきたら町の人は武器を取って戦いました。また、独自の通貨も発行していました。

 このように、自治の確立は、専制的な支配権力からの解放という意味もあります。私は、2018年にアントワープを訪ねました。写真はアントワープ市庁舎前の勇者ブラボーの銅像です。1400年頃にアントワープは貿易都市として繁栄しました。しかしスヘルデ川の通行料などブルゴーニュ公国への高い税金を納めなければならず、応じない船主や船乗りは右手を切り落とされたと言われます。都市の商人たちは団結して戦い、封建領主から貿易の独占権を勝ち取りました。その時に、ローマ戦士ブラボーがスヘルデ川を牛耳っていた巨人アンチゴーヌの手を切り落として川へ投げたという神話をもとに、この銅像が建てられました。自由と自治を勝ち取った誇らしげな歴史を象徴しています。アント(巨人の手)を切り取って投げる(ワープ)行為そのものが都市の名になっています。

 中世の自由都市の自治権の確立には、封建的かつ専制的な支配と農奴からの解放があり、都市に住む人は「市民」という身分になれました。市民は代表を選び、政治を行い、自らが民兵として都市を自衛し、ここに自治が成立しました。

 しかし、当時の都市国家の経済的繁栄は重商主義に基づいており、一時的な繁栄を極めたが、やがて歴史から消えて行きました。製造業に基づいた生産力の向上、産業資本家と資本主義(拡大再生産とイノベーション)の台頭による富の拡大、そして、民主的な近代国家の成立過程で、より大きな市民社会の中に取り込まれていったのです。

 近代市民社会と資本主義の成立過程については、最近出版された齋藤英里著『資本主義と市民社会』(岩波文庫 2021年)をぜひお読みください。

🔗資本主義と市民社会 他十四篇 (岩波文庫 白 152-1) 文庫 – 2021/9/17

アントワープの銅像(2018年10月大井撮)

 今、第二次世界大戦後に構築された国際秩序に大きな構造変化が起こっています。21世紀に台頭してきた中国をめぐり、米中対立軸の真っ只中に日本は置かれています。通貨戦争において、中国は米国債の保有を減らし続け、その分、日本円が通貨戦争の前線で戦っています。

 私が経済史を取り出してここで強調したいことは、一国の通貨の信用の裏付けとして、自主独立の裏付けが必要だという点であり、米国の安全保障に守られた日本の「経済大国」の幻想と戦後レジームが終わる中、日本自身が目下の「Zeitgeist 時代精神」をどのように理解し、世界に経済以外の「大国」となる資質をどのように示せるのか? 哲学、大局観、歴史観、世界観、国家観といった国民精神そのものが問われています。

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