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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

“Game of Inches”、米国覇権の凋落の始まりと地政学リスクの高まり Red Sea Operation Prosperity Guardianから見えてくること・・・

 日本、そしてアメリカでも11月から株価が上昇しています。しかし、その裏で地政学リスクが高まっています。

 最近、米国の覇権国家としての凋落ぶりが目立ちます。バイデン政権の外交の失政、特に2021年8月の惨めなアフガン撤退はネガティブな印象を世界に与えました。来年の大統領選挙に向けて、バイデン政権の弱体化がさらに目につくようになると、地政学リスクが高まる気配があります。

 ご存知のように、10月7日に過激派テロ組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃し、その後の中東情勢は混迷を深めています。今心配なのは紅海の航行です。日本郵船は11月20日に同社が英国船主ギャラクシー・マリタイムから用船する自動車船が紅海南部のイエメン沖で拿捕されたと発表しました。イランをバックにしたフーシー派が犯行声明を出しており、日本人の乗船員がいないので直接の被害はないものの、地中海と紅海をつなぐスエズ運河では緊張が高まっています。

 地図をご覧ください。アラビア半島をめぐる三つのチョークポイント「関所」(スエズ運河、バブ・エル・マンデブ海峡、ホルムズ海峡)を示しています。

 もう一つの地図は、米海軍の展開図(12月21日付)です。地中海に空母ジェラルド・フォード(CVN78)、紅海にバターン強襲揚陸艦(LHD5)、ジブチ沖にはアイゼンハウアー(CVN69)が戦闘に控えています。

 このように、地中海と紅海を挟むスエズ運河の出入口には米海軍の空母と強襲揚陸艦が展開し、商船を護衛しています。また紅海のみならずホルムズ海峡でも戦闘の危機が高まっています。米国の統率力・リーダーシップそのものがNATOや同盟諸国の間でかなり揺らいでいるためです。イランは米国の指導力が弱くなればなるほどその隙を突いて、手下の過激派組織を使って攻撃を仕掛けるとみられます。

 12月19日に米オースティン国防長官が紅海で商船を護衛する「Operation Prosperity Guardian (OPG):繁栄のための監視作戦」を発表しました。その声明では「多国籍軍で護衛する」(multinational coalition to safeguard)とあります。米発表によると、多国籍とは米に同意した英、バハーレン、カナダ、仏、伊、オランダ、ノルウェー、スペイン、セイシェルなど20カ国です。

 ところが、各国は米に従うのか否か曖昧な態度でいます。フランスは「米軍の指揮下にはない」、イタリアは「米軍の作戦下ではなく既存の護衛を行う」、スペインは「NATO軍の指令による、もしくはEU共同の作戦下で護衛を行う」、英は「HMS Diamond would join OPG (ダイヤモンド駆逐艦が加わるかもしれない)」と、米軍の指揮下での作戦に参加するのかしないのか、なんとも曖昧な声明を出したのです。実際の各国の声明(英文)では “would join”あるいは”would operate”といった仮定法助動詞の表現で示されています。

参考記事:https://www.reuters.com/world/us-red-sea-taskforce-gets-limited-backing-some-allies-2023-12-20/

 これは以前の英米を中心に主要国の海軍が結集した状況と大きく異なります。コロナ禍の2021年5月から半年かけて英国クイーンエリザベス空母打撃群が世界を半周しました。この様子は私の動画でも解説しました。 

前代未聞の規模、中国包囲網 (2021年 8月21日 動画)

 この時から2年半を経て、なぜこれほど米国の覇権が弱体化したのか?

 一つには、2022年2月から始まったウクライナ戦争にNATOも米軍も加担し、武器弾薬、資金をウクライナに注ぎ込み、消耗したという事実があります。それに加えてこの10月にハマスがイスラエルを奇襲し、中東情勢の不安定化が続いています。一度に複数の戦争ができない、武器弾薬の供給が間に合わないといった経済事情もあります。

 そして、欧米がウクライナと中東で忙しい中かつての中国包囲網が弱体化し、米国一強の世界秩序に変更の兆しが出てきています。その主たる動きが、中露の接近とグローバルサウスの台頭で、この8月には南アでBRICs会議が開催され注目を集めました。

 弱腰の米国、それに漬け込む各国の動きは日本の安全保障にとっても重大です。特にホルムズ海峡は日本へ運ばれる原油の9割が通過するポイントで、そこが封鎖されると日本にとって致命的です。かつての「開かれたインド太平洋」はどこに行ったのか?それでなくても、仮にスエズ運河が封鎖されると、欧州とアジアをつなぐ海上ルートはアフリカ南端希望峰を通過する航路になり、距離が4割以上長くなります。その分、輸送費が嵩み、物価高、インフレ要因になります。

 来年は地政学リスクが世界経済にとって重荷になりそうです。FRBや各国中央銀行はインフレを抑え込み、利下げに踏み切るタイミングを見計らう展開です。が、難しい舵取りになりそうです。金融政策の正常化を目指す日銀にとって来年は一層微妙な舵取りとなりそうです。

 英語に”Game of Inches”という表現があります。1インチずつ敵の陣営に攻め込み、最後に陣地を奪還し勝利するゲームで、力と力がぶつかり合ってチームで戦うスポーツとしてはアメフトがその典型です。実は国際関係もリアルな”Game of Inches”です。少しでも怯んで敵の侵入を許せば取り返しのできない損失を被ります。油断も隙もない、パワーとパワーのぶつかり合いです。またチームは一丸となって仲間同士信頼しあい、相互に助け合わなければならない。そのためには強いリーダーシップが必要です。それがどんなものか?映画 “Any Given Sunday”のアルパチーノによる名演説の場面、「Life is a Game of Inches」を聴いていただくと理解が深まるかと思います。

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