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「日本が日本として生き残るには」亀井淳史氏との対談

年初から能登半島地震で揺れ動いた日本列島。今回の対談は、人口減少や少子高齢化など様々な課題を踏まえて、近い将来人口8千万人でも生きていける経済社会構造を今からどう構築していくか?実現可能かつ持続可能なソリューションについて亀井淳史さんと意見交換しました。最後までぜひお付き合いください。(対談は2024年1月31日に行われました。)

亀井 淳史氏 プロフィール

産業構造技術動向分析等を専門とする技術経営コンサルタントとして活躍中。技術系シンクタンク、テクノバ元代表取締役。

テクノバ社は1978年に東京大学の大島恵一教授を中心に、80年代の新しい産業をどう創造していくかを提言するシンクタンクとしてスタート。トヨタ自動車やアイシン精機(現アイシン)が資本参加。亀井氏は2011-20年まで代表取締役を務め、モビリティ、エネルギー関連、先端技術、新産業創造といったテーマで大学との共同研究をベースに提言を行ってきた。

<目次>

  1. 自然災害をバネにどう立ち直るか?
  2. 半導体は日本のリーディングインダストリーになるのか?
  3. クラウドとAIで立ち遅れる日本
  4. 新しい付加価値としての「エージェントサービス」
  5. ローカルなソリューションとエコビレッジ

1.自然災害をバネにどう立ち直るか?

大井:元旦から能登半島で大きな地震がありましたね。以前は熊本で大地震が続き、今回も被害状況や復興、そしてこれからどうやって地域を再構築していくのか、課題がたくさんあります。しかも、東南海トラフのようにさらに大きな被害をもたらす地震の予想もあります。

亀井:実は私は地域の災害避難マニュアル整備に携わったことがありますが、今回の能登半島地震のように地域が壊滅的かつ広範囲に被災した惨状を見ると、果たしてマニュアル通りに機能するか大変心許なく思います。マニュアルではどうなっているかというと、被災直後には緊急避難所に行きます。そこでは大体3日ぐらいは生き延びるような備蓄がされていて、そこで救援を待つことになっているんです。

 しかしその前提となる安否確認でもマニュアルでは、元気な人たちがそこにいて安否確認ができる前提でつくられているのです。もし安否確認をする人がみんな被災されてしまっていると、誰も安否確認できないんですよ。しかも通信機能が途絶え、外からどこ何が起こっているのか、全然わからないという状況になった場合にはどうするのか?そこまでのマニュアルはないので、基本的に地域の人達がお互いに助け合って生き延びるというのが大原則になっている。自助になっている。

 そんなわけで、とりあえず緊急避難所まで集まってくれれば、そこに自治体の復旧対策本部ができて初めてつながる、機能するという形になっていますね。しかし、今ですと町内会や自主防災組織などが高齢化してしまっていますので、なかなかお互いに助け合うということが機能しない状態なんじゃないかと思います。

 とにかく災害があった場合、一番大事なのは被害を最小に食い止め、救助するということは当然ですが、不幸にして今回のような大地震があった場合、単なる復旧だけではなくて、それをバネに新しいところへ作り替えていくという発想も必要です。

大井:なるほど。自然災害は起こるものだと腹を決めて、その先の再構築のビジョンを予め用意しておくことが大事ですね。

亀井:そうなんです。熊本地震のときに蒲島郁夫知事(元東京大学名誉教授)とお話をさせていただいたことがありました。蒲島知事はご専門が社会工学ということもあって、被害を受けたところをどう復旧するか、そしてその後どのように産業を発展させるのかといったイメージを震災前から持っていたんだと思います。

 だからこそ、災害復旧の国の様々な支援を得て、新しい熊本県のあり方に向けてすぐ動き出しているんですね。以前からなかなかできなかった工業団地を整備したり、そこにつながる幹線道路を通すというようなことを一気に始められたのです。

 そうした延長線上に、熊本が半導体産業を誘致するなど、大変お上手にやられたなと思います。そういうビジョンをお持ちで、たまたま不幸にして地震があったときに復旧だけではなく、災害をバネに新しいステージに作り替えていくという発想が彼にはあったのですね。震災を受ける以前に将来どういうふうにするつもりかという明確なプランがあるか否かが、その後の地域の発展を大きく左右すると思います。

 そういう意味での復興、再構築するビジョンや知恵が地域のトップには必要なのです。

2.半導体は日本のリーディングインダストリーになるのか?

大井:熊本では台湾のTSMCが進出し、日本の半導体メーカーと連携する、半導体工場が稼働するといった動きが活発です。半導体は日本の新しいリーディングインダストリになりますか?これから日本が半導体を中心に、世界に打って出るよう形まで発展していくのでしょうか。

亀井:今回、政府がかなり力を入れて、熊本だけではなく日本全国で半導体を支援しようと動いています。私は基本的にそうした動きに賛成していますし、ある程度の成果も収められると思います。

 ただし問題があります。一つは、あまりにも急激にたくさんの工場が稼働することになるので、生産過剰になってしまうというリスクもあります。半導体にはサイクルがあり、一気に出るタイミングが重なってしまうと、優位性がある立ち上がりができるかどうかは若干怪しいかもしれません。

 ですが、誘致している半導体工場はスマホに使うようなチップではなくて、制御用のチップを作ろうということで自動車産業と結びついています。ある程度のマーケットは確保されていると思います。

 それからちょっと話は逸れるかもしれませんが、半導体業界って日本だけではなく、アメリカでもかなり政府のお金が入ったりしています。半導体の価格は実はかなり各国各社上げ底状態の産業構造じゃないかなと思うんです。そういった意味で、政府の支援がどういう形でうまく機能していくのかというのが非常に重要になってきます。

大井:かつて1970年代終わりぐらいから富士通、NECなど日本勢がマイクロエレクトロニクスをリードしてきました。その当時は日本の半導体産業がアメリカを凌駕する感じでした。しかし、90年代のIT革命を経て「インテル入ってる」みたいに完全に半導体も米国に負けてしまった。そんな日本で40年ぶりに半導体が復活するのでしょうか。

亀井:これは私見ですが、80年代90年代は、日立、東芝、三菱、富士通といったメーカーは自分のところで半導体を作っていて、かつ、それを使ったいわゆるエレクトロニクス商品も当然作っていたわけです。逆にいうと、そういうようなプロダクトがあって、それに必要な自分たちの半導体を作るというスキームがあったのです。言ってみれば製品とのパッケージとなって半導体が競争力を持っていたと言えます。

 今はその半導体がコンピューターとかスマホとか、いろんなところに使われるようになり、半導体だけを切り出して一つの産業としての規模が大きくなってきているために「半導体産業」と称されてしまうのですが、本当に競争力を持とうと思うと、その半導体が使われる先のアプリケーションですとか、システムみたいなところの産業があるかどうかによって、その半導体産業を引っ張れるかどうかというポイントが重要になるのです。

 例えば台湾でスマホやパソコンを作り、そのために必要な半導体を同じ台湾の半導体メーカーが買うということになっているので、比較的アプリケーションと半導体の距離が近い。しかし日本では、自動車は多分大きなマーケットを持っていますが、それ以外のパソコンやスマホはほとんど日本で作っていないのです。

 だから日本が半導体だけにお金と資源、企業ノウハウを突っ込めばどんどん大きくなるのかというと、それは結局日本の中で使われることはなく、諸外国にその半導体を輸出するという形になっていきます。そうすると半導体のコスト競争にさらされます。また新しいニーズも国内需要から生まれてくるわけではないので、いろんな半導体の状況に応じて何を作るのかを考えていかなければいけないと思います。

大井:そうですね。半導体もコモディティになってしまって、みんなが生産してやがて価格競争が起こるのが目に見えますね。

 日本ではAIとかクラウドとか付加価値が高く応用の効く新しいもの、イノベーションにつながっていかないのですか?

亀井:そうですね。かなり巨額なお金をITインフラに投資する例としては、ソフトバンクが北海道苫小牧市にクラウドサーバーのデータセンターを開設するという動きはあります。そのクラウドのデータセンターは総工費が650億円規模です。

 ですからクラウドサービスをやるような産業に大きなお金を投下して、そこが必要になれば当然半導体やサーバー用のパソコンを買うことになるので、引っ張り上げていくのがいいと思います。どうしても半導体にお金を投下すると「プッシュ型」になる。それよりも、ニーズをもっと喚起するような「プル型」の産業誘導をする方がお金もよく回るし、日本の新しい産業が伸びていきくでしょう。

大井:アプリとかプラットフォームとかそういうものに投資するから、その川下の方の半導体が必要だといったようになると「プル型」ですよね。経産省は半導体とか何か目に見えてわかりやすいところにしか投資しないのですか?

亀井:IT戦略上、ITインフラに投資しましょうということは言っているんですけども、そこからどういうような企業を大きくするのかというところまではあんまり突っ込めないんですね。例えば、昔ブロードバンドのような新しいネットワークシステムを作りましょうということがありました。ではそこからどういう会社が大きくなっていくのか?そこまでして新しい日本のリーディングカンパニーをどう育てるのかというビジョンに至っていないと思います。なかなかアマゾンやグーグルに匹敵するような会社は日本では難しいかもしれません。

大井:なるほど、そういう状況なんですね。一方、富嶽とか世界一計算能力が高いコンピューターがありますよね。じゃあそれで何をどうするのか?

亀井:そうですね。技術開発は大好きなので、そういったピンポイントのものは一生懸命作れるんです。ただ、それを使ってどのようにマネタイズするのか、ビジネスモデル化するのか。どういうように産業形成をしていくのか。そのあたりが弱いと言えるかもしれません。

3.クラウドとAIで立ち遅れる日本

大井:日本ではアマゾンやグーグルに匹敵する企業がない、クラウドやAIで産業形成ができていない、というご指摘でした。その分野では人材も雇用創出も未熟です。これは民間の問題のみならず、政府そのものが日本国民の個人情報をクラウド上で管理できていないという重大な問題がありますね。

亀井:そうです。「ガバメント・クラウド」は今、重要な問題ですね。マイナンバーや健康保険の個人情報、あるいは自治体が持っている住民票も紐づけられて、政府が中心となってガバメント・クラウドを確保して、そこに各自治体がぶら下がってくださいねというようなスキームになっています。

 ところが日本ではデジタル化が遅れ、世間の大きな突き上げもあって、大急ぎでそのガバメント・クラウドを仕立てた。2022年にそうしたクラウドを始めたのです。一応政府は公募をしたのですが、残念ながら日本のクラウド関係の会社はどこも手を挙げることができなかったのです。結果的にグーグル、アマゾン、オラクル、マイクロソフト、すべて米系のITベンダーにお願いしたという状況だったと聞いています。

 このようにアメリカの企業に依存しているという状況下で、彼らに支払う利用料が嵩みます。デジタル赤字と言われ、どんどん赤字分が増えています。

大井:彼ら外資に管理料を払ってクラウド上で情報管理してもらうと、彼らが情報を支配するってことですね。情報操作というか、勝手に紐づけられるみたいなことをしているのですか?

亀井:契約上はそんなことしてはいけません。ただアメリカには「クラウド法」があります。アメリカ国籍の企業がアメリカ国外に持っているデータについて、アメリカ政府は通信に犯罪の証拠が含まれる相当な理由に基づき、合衆国裁判所が発する令状に従って、強制的に開示させることができるという法律があります。

大井:日米間でも機密の保持はあると思うんですけれども、いずれにせよ、日本人が自分たちの国民のデータを自分たちのクラウドで管理していないというのは事実ですね。経済安全保障の点から情けないです。そんなとろい政府に高い税金を取られて悔しいです(笑)。

亀井:外資に支払うデジタル支出で2030年には15兆円ぐらい赤字が増えると経産省も委員会で報告しています。その負担は国民、消費者に降りかかってくるので、そうならないように日本国内で産業をしっかりつくるようにしようとは言っています。しかし、実際やることはいっぱいあって、なかなか追いつけないんじゃないかと思います。

4.新しい付加価値としての「エージェントサービス」

大井:アマゾンやグーグルには絶対的に勝てないのか?最近AIで話題になっているチャットGPTについて、日本が何かリードできることがありますか?

亀井:この分野は急激に産業化していくと思います。チャットGPTにおいてはどうやって企業の中で利用するのか、産業利用するのかという点が第1の話題であったのですが、生成AIで日本はどういうグローバルポジションをとるのか、そして日本企業はグローバルマーケットでどういう存在感を示すのか、というポイントはほとんど議論になっていません。

 ユーザー発想になってしまっているのが非常に残念ですね。もちろん、日本語化して日本に適するような人工知能をつくろうという動きはあるのですが、それを言った瞬間に非常に内向きです。国内マーケットに向かう動きでしかない。

大井:国内でも海外でも、AIがどのように人々の暮らしを変えるのか。例えば、高齢化で人手が足りないのであれば、AIを使ってどのように自動化して生産性を高めるとか、何かもっと具体的に人の役に立つことを考えるのはどうでしょうか?

亀井:そういう意味ではまだまだシステマチックになっていないし、生成AIを単なる技術でしか見ていない、新しい技術が突然出てきたのでどうしようと言っているような状況ですね。

大井:亀井さんはこれまで都市計画やモビリティなど、新しい産業構造と社会システムの関係をずっと研究されてきました。今の生成AIとか、クラウド上の管理とか、そういう技術の発展が例えばどのように都市の交通網を改善するのでしょうか? あるいは、未来都市で人々がEVを全自動走行して安全に暮らせるとか、どんなビジョンがあるとよいでしょうか?

亀井:私は一番大きな影響があるのは生成AIの中でもデジタルヒューマンで、特に人間と会話ができるような「エージェントサービス」が大きく社会を変えていくと思います。車でいえば自動走行といったところに人工知能はどんどん入っていきますが、一番わかりやすくて身近にAIを感じるのは「エージェントサービス」というような形で、コンピューターや人工知能が人間と会話をするところに大きな転換があると思います。

 今よく言われているのが、ホテルの受付とか切符を買うというときに対応するサービスで、ホテルであれば全世界どこへ行こうが、日本人が行けば「いらっしゃいませ」とホテルの人工知能が答えてくれる。

 こういう形になると、この人工知能は間違いなく車にも搭載される。そうすると車に乗ると横にナビゲーターがいるのと同じように、車でお話ししながら運転して、「そこは一旦停止がありますから気をつけてくださいね」とアドバイスしてくれたり、「このルートはこう行った方がいいんじゃないですか」とかとガイドしてくれたり。こういったサービスにより高い付加価値が出てくるので、産業のあり方が大きく変わってくると思っています。

 そして、サービスですからあらゆるところに浸透していきます。例えば帰宅すると、家が今日は誰が来たとか、郵便物に何があるかと全部答えてくれ、家のマネジメントもしてくれるというふうになっていく。そうしたサービスをやる運用が始まってくると、今までハードウェアを作ってきたところから「エージェントサービス」を提供するところに一気に付加価値がシフトします。私はハードウェアを作っているところはほとんどドンガラだけになっていくと思います。

 もっとわかりやすい例はテレビです。以前テレビは液晶だとか50インチの大画面かといったハード面にみんなが喜んで買うという時代がありました。しかしハードが出揃ってしまうと、NETFLIXとかYOUTUBEの方がよっぽど大きなマーケットで、中身の方が重要になってきています。そして、テレビというそのハードウェアに紐づけされていた放送局やそのテレビ番組はどんどん見られなくなってしまいました。

大井:なるほど。例えば車でしたら、ハードウェアの車にはもちろん乗り心地とかあると思うんですけれども、むしろ優れたナビのサービスが出てきたらそちらのサービスにお金を払うという行動に変わっていくかもしれないですね。

亀井:私もそう思います。それがあらゆる道具に起こります。家電製品や住宅設備もそうですし、そこで大きな産業の不連続な変化が起きると思います。つまり、物を買うということの価値観がもっと別のところに移るのです。

5.ローカルなソリューションとエコビレッジ

大井:話をエネルギーに振りますが、「エージェントサービス」がコアな付加価値になると、EVとかハイブリッド(HV)といったことは問題でなくなるのですか?

亀井:EVかHVかという二者択一ではなくて、EVが使いやすいところはEVに集まるし、HVが使いやすいところはHVがやる。しかもHVの燃料をガソリンやディーゼル以外にも新しい燃料e-fuelや、例えばバイオエタノールのようなバイオ系のものも可能だと思います。

 極寒の地にEVは向いていないし、どのようなエネルギー源を使うかはそれもそれぞれローカルで使いやすいものを使う。私はエネルギーコンプレックスの時代かなと思います。

 実は日本で欠けているのはまさにこの点だと思うんです。今申し上げた例えば、車がどういうような形で新しい時代に変わっていくのかというのは一つのエレメントとして説明ができますが、では日本全体としてどういう形で変わっていくのか。日本の骨組み、国土構造がどうなっていくのか。こうした点についてはなかなか議論が進みません。

大井:以前亀井さんが、モビリティの観点から過疎地のバス運営をどう効率化し、持続的な公共サービスを担保するかという問題に取り組んでいましたね。自動運転の技術もあるし、やろうと思えば出来る。しかし、現実にはいろいろな規制や既得権益があり、つまり市町村で補助金をもらっている人たちにとってはそういう新しいシステムが入ってくると困ることになる。

亀井:そうなんですね。岩盤規制みたいなものも張りついて、なかなかフラットにならない。だから、それをどういうふうに取り除くかは政治的な問題でもあるし、やはり現実を踏まえた「ビジョン」の問題ですよね。

大井:実際に過疎地の人口減少は進むし、岩盤に張り付いて頑張ってもいずれは補助金だって先細るのです。それよりも補助金を使わずにその地域が潤えば、住民にとって税金の負担は減るし、暮らしが良くなると思いますけどね。

亀井:まあ将来こうなるみたいな希望があるとみんなそっちに行くと思うんですけれども、今だと政府が悪いとか規制があってできないとか、そんなことばかりです。マスコミは否定的なことばかり言うし。

 先ほどお話が出ましたバス事業の例ですと、乗合バス事業者は日本で2300社ぐらいあるんですね。ということは2300人もの社長さんと総務部長さんが運転手さんの労務管理をされている。そういう2300社の特に地方ではほとんどが赤字です。

 運転手さんも人手不足で、どんどん路線を廃止していって何とかぎりぎりやれるところまで来ています。路線が廃止されると、またどんどん人口が流出して過疎化が進んでしまう。負のスパイラルというか、みんな自滅に向かっているような気がします。

大井:何かソリューション、解決策はありますか?

亀井:本当にジャスト・アイデアですけれども、仮にですが日本全国を20社ぐらいのバスの事業会社にまとめることができたとすると、統一したバスの仕様と料金課金システムを導入する。また運転手さんは全国で約10万人というような規模になりますから、きちんとした労務管理システムも導入しやすくなるはずです。加えてバスの点検や保守管理みたいなことも含めて、プラットフォーム化すれば、事業をだいぶ効率化できます。

 今は地域ごとに運営の許認可が降りているために細分化されてしまっています。そこを幾つかのグループエリアにまとめて、自由に事業ができるようにして、将来の人口8,000万人ぐらいで最低限日本の中で需要を集めておくべき地域を想定し、そこに地方交通を担保するというプランを決めておく必要がありますね。

 このように、バスの交通システムをパッケージ化することで経営効率を改善できます。そしてこのプラットフォームが台湾、フィリピン、東南アジアにも輸出できると思います。さらに、そういう地に足の着いたオペレーションと結びついたクラウドサービス、先ほどの「エージェントサービス」を付加すると、それぞれのローカルなニーズに応えて、日本はかなりうまくやれるんじゃないかと期待しています。

 そうしたオペレーションとクラウドサービスをセットにしたプラットフォーム事業会社からすると、「バスってもっとこういうふうに作ってよ」とバスメーカーに対しバーゲニングパワーを持つことにもなると思うんです。

 例えば自動走行バスについては、完全に運転手さんもいなくなって乗客だけが勝手に乗り降りする。これがどこまで社会的に受容されるか。また、事故や緊急時とか、車中でトラブルが起きた場合にどう対処するのか。こうしたリスクを想定すると車掌さんに近い乗務員がいる仕組みの方が好ましいかもしれません。

 私はそうしたサービスも含めた形態がいいかと思います。また、そうした新しい運航システムでは免許制も見直すべきです。今だと二種免許はいるわけですけれども、半自動運転をベースにした旅客サービスのためのライセンスを考えてもよいですね。自動走行バスの運行ですとルートは限定されているし、管制センターが常にモニターをしている。そういう条件によって開発するターゲットを決めて、そのシステムをハードウェアごと海外に持っていくことも考えられます。

 日本だけではどうしてもマーケットがシュリンクしてしまう、今作ってもまた人口が減ったら要らなくなっちゃうんじゃないか、とネガティブなことをいって開発側も二の足を踏むんです。そうではなくてむしろ人口が増えていく海外に輸出できる、こうポジティブな発想に転換して、新しい開発を進めるべきです。

大井:私は大賛成です。人口が1億人を割りこんでくると、自治体も内部崩壊するような危機が起こると思いますよ。住民サービス自体が成り立たないと僻地のインフラはもうだめになってくるんですよね。亀井さんが、町内会の平均年齢が70歳以上で消防団はあるけれども機能できないというお話をされていましたね。あと10年経ったらどうなるのか、悠長なことを言っている場合ではないです。

亀井:限界集落などでは基幹となる「道の駅」みたいな所に集まってください、そうすれば最低限の住民サービスを担保しますよと言っているようですね。もちろん、自分の今住んでいるところを売ってこっち来いよという意味ではなく、そこまでは最低限のインフラとか、緊急時の対応とか、そういうようなことは担保しますよという意味です。これまでのように全地域で水も電気も供給しますというサービスが恐らく成立しなくなるのです。

大井:「コンパクトシティ」とか「スマートシティ」と言った構想は以前からありますね。

亀井:そうですね。どこか基幹的なところに集約しようよという動きは今後もっと顕著になっていくと思います。ただ、そのときに人がいなくなったところをどうするのか?この点がほとんど議論されていない。昔の江戸時代のように山林に戻していくのか?この点は重大です。

大井:まさに安全保障の問題ですよね。誰もいなくなった耕作放棄地や荒地に勝手に移民が住み込んだり、産廃が山積みにされて危険地域になったり・・・想像するだけでも恐ろしいです。

亀井:そうなんです。人がいなくなるとどんどん管理されない土地になっていってしまいますので、そういうところをどういうふうに自然に戻していくのか?

大井:かつての日本の土地制度では、村落共同体と「入会地」があって、「入会地」にはよそ者は入るなという感じで、その共同体共有の管理システムに組み込まれていましたね。そこの共同体というかコミュニティの共有資産のような感じです。「鎮守の森」のようなところは自然に戻してコミュニティの皆さんか共同で管理する土地に戻すべきです。

 さて、今日は能登半島の地震から対談が始まりました。私はまさに「日本沈没」のようなリスクを想定した「コンティンジェンシープラン」が必要だと思います。国家存続の危機のような、本当に生き残りを賭けてどうするか。例えば、南海トラフで太平洋岸が大きな被害を受ける場合、北朝鮮が日本海に位置する原発にミサイルを撃ち込んでメルトダウンするような最悪のケースです。

亀井:確かに、南海トラフですと東京、名古屋、大阪まで産業が集中している大動脈が大混乱しますね。物流以外にも産業用の工場もダメージを受ける。で、その後どうするのか?この点については企業ごとにBCP(事業継続計画)といって、被害を受けたときにどうしますというプランはあるのですが、しかしみんなが一斉にダメになったら成立しません。

大井:もし大きな災害があった場合、その後で日本の産業はどうやって復活できるのですか?

亀井:まさにどう復活するかですよね。国は南海トラフ地震での被害想定を220兆円と言っていますが、とてもそんな規模じゃ済まないんじゃないでしょうか。土木学会が2年か3年ぐらい前に被害復興想定で1410兆円ぐらいだと言っていたんですよ。そこに各工場とかの経済停滞で産業そのものが消滅する可能性も十分あります。そうなると本当にGDPの何割かというぐらいの被害になっちゃうんだというふうに思うんですね。

大井:特に首都圏は大変ですよね。名古屋と大阪を含めると日本のGDP半分がすっ飛びます。日本の経営者の皆さんには危機意識があるのですか?

亀井:そうですね、日本にはこんなに課題があるのに、なぜか産業界は非常に追い風ムードです。うららかな好景気です。大企業は賃上げしますね。でも、大企業の社長さんに話をすると、本音ベースで言うと実は「5年後はどうなっているのか分からない」と正直に言うんです。大企業で不安感が漂わないのは、社長が任期制で任期中をどうするかが目下の関心事で、その後の課題は次の人の仕事と思っているのです。

 大企業に対して中小企業の社長さん達は「ここ当面は良いかもしれないがその先は読めない。何が起こるか分からない」という方がほとんどですね。

大井:なるほど。企業は当てにできないですね。

亀井:そうですね。私は日本の次なる新しい切り口として、ローカルのソリューションをグローバルとまで行かなくても、日本全国に揃えて展開するという発想が必要だと思います。実はこうした発想が今までなかったために、公共事業、第三セクターみたいなものがローカルなソリューションの集積になってしまい、非常に不合理な状況に陥っている。やるべきことがたくさんあり、ニーズが山積していると私は思います。

大井:そこがビジネスチャンス。

亀井:ええ、そうです。早くやらないと8,000万人社会が成立しないので、大きなニーズになっていくし、新しい産業になります。2030年代にはそうなっていくというトレンドが目に見えるようです。いいアイデアを持っている人がいらっしゃったら、是非みんなで議論したいですね。

大井: 本当にそうですね。さて、今日は最後に「エコビレッジ」の話を聞かせてください。

亀井:エコビレッジですか。私はドイツで見に行ったことがあります。ハノーバーの近くだったと思いますが、村自体がカーボンニュートラルで、太陽光だとか、小水力発電で自分たちのエネルギーを自給自足しています。そこをちょっと案内してもらうと、1区画だけ森が続いています。

 その森にはエコビレッジを作る人たちが住んでいて、食料も自給自足しています。どうやってエコビレッジを運営するかという学校があり。世界中からその学校に勉強に来る人がいるのです。寄宿して勉強し、学校には授業料収入があるようでした。

大井:森の中にエコビレッジというか学校があるのですね。

亀井:そうです。その森には昔は炭鉱があったらしくて、そこで働いていた人たちが住んでいた宿舎が何棟かあったんですよ。炭鉱が閉山した後、そこに集まってきた人たちが元ヒッピーみたいな人たちだったので、最初は村の人たちも警戒したんですけれども、話を聞いてみると「この自然にどうやって順応するのか」という非常に高邁な思想の人たちだということがわかってきて、村人たちは結果的にウエルカムするようになったようです。

大井:村はどんな感じですか?村人はその森の中の学校の人たちとも交流するのですか?

亀井:エコビレッジ自体は50世帯ぐらいです。森の学校に来る外部の人たちとも交流をしています。村人も自分たちも究極的には自分たちだけ自給自足できるようなことを考えていくべきだという感じでしょうか。森のエコビレッジを容認しています。そこに地域や他の小学校の子供たちが見学に行って、自然を学ぶ活動もしています。

大井:なるほど、面白いですね。日本でもエコビレッジ・ビルダーとしてYOUTUBEで発信している人がいます。彼は自給自足に必要なノウハウを持っていて、それを世界に行って教え伝えています。例えばタンザニアとかミャンマーとかの現地の人と一緒に村を作って、ノウハウを伝授し、彼らが持続可能な生活ができるようにしています。でも、日本ではまだエコビレッジはないと言っています。

亀井:ないですね。

大井:日本でエコビレッジを作っても、現実問題として、既存の地主さんや入会地の使用権、規制、固定資産税など様々な既得権を持った人たちとの折衝や行政とのやりとりもありそうですね。

亀井:私はナショナルトラストみたいな形で自然に戻した上で国有地にするのが良いと思います。安易に外資を呼び込むと外国人が勝手に水源地を買い漁るなど、弊害があると思います。

 私はイタリアで学会があった時に、サルディニアの水産試験場の人とバスツアーで一緒になったことがあります。その人はサルディニアの水産試験場で働いている研究者でした。私は「サルディニアは美しい自然があるからぜひ一度行ってみたい」と話しかけたら、彼は憮然とした様子で「サルディニアはもう最低だ」と言うのです。確かにサルディニアは綺麗でいいところだったのだけれど、リゾート開発されてアラブのお金持ち達に買われてしまい、サルディニア人はもう住めないと言うのです。サルディニアの北側は現地の人がアラブ人の召使になって暮らしている。一方みんなは南側の山ばかりの住みにくいところにへばりつくように住んでいると言っていました。

大井:それでは「故郷喪失」ですね。自分たちの先祖代々の土地を手放すとそういうことになりますね。コミュニティが喪失するっていうのはやっぱり人間にとって一番恐ろしいと思いますよ。帰るところがないんだから。

亀井:いやいや、日本でも他人事ではないです。外国人が住み着いてやがて治外法権のような租界になってしまう、日本であって日本でないような地域がこのままいくと増えますよ。

 アラブや欧米資本、中国やシンガポールなど様々な外資が入ってきて日本は侵食される。インバウンドで騒いでいるうちが華というか、そのうちサルディニアのように、日本人が貧しいところに住んで貧しく暮らすというようになりかねません。

 今こそ長期的な国づくりの構想が必要だと思っています。

大井:さて、対談を振り返りますと、日本の将来についてお話を伺ってきました。最終的には自給自足で生き残れる「エコビレッジ」システムを完備し、それぞれの地域でローカルなソリューションを作っていく。これを全国展開してプラットフォーム化し、海外にも輸出する。こんなかんじで日本は生き残れるのではないでしょうか。

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