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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

米国、自ら墓穴を掘るか?REPO(Rebuilding Economic Prosperity Opportunity)法案の危険性

 4月20日(土)に米議会下院ではここ6ヶ月近く揉めてきた610億ドルに及ぶウクライナ、イスラエル、台湾への軍事支援金も合わせて910億ドル(約14兆円)の「パッケージ予算案」が通過しました。多くの共和党議員がウクライナ支援に反対してきたにもかかわらず、下院議長のジョンソン氏は民主党と協調してこの法案を通しました。このことでジョンソン氏は共和党内から大きな反発を招き、前任のマッカーシー氏と同様、議長解任の可能性すらあります。法案は23日に上院を通過し、24日にバイデン大統領が署名し、成立しました。

参考:法案の詳細についてはJETROビジネス短信をご覧ください。

JETRO:ウクライナ・イスラエル・台湾支援やTikTok規制など盛り込んだ米緊急予算法案が成立

 実はこの「パッケージ予算案」には十数の包括的法案が含まれ、そのうちの第4法案がREPO(Rebuilding Economic Prosperity Opportunity、経済的繁栄立て直しのための支援)法です。REPO法はロシアに対する経済金融制裁で米国が差し押さえたロシアの凍結資産を没収する内容で、大統領にはロシアの凍結資産を特別基金に移転する権限が与えられています。この権限をバイデン大統領が直ちに行使するかどうかはまだ不透明です。

 もう少し詳しく言うと、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、米国は同年3月以降ロシアの保有するドル建て資産(推計2796億ドル)を凍結しています。この内49.5億ドルは米国内で凍結されていて、ほとんどの2260億ドルはEU域内にあり、内2055.9億ドルはベルギーの銀行に保管されています。仮にREPO法に基づき大統領権限が行使された場合、米国内に凍結されているロシア資産はそのまま米国に没収され、ウクライナ支援に転用されます。

 REPO法には「the President may confiscate such assets…(H.R. 4175)」と記されています。この”confiscate”という単語にピンとくる方がいるかもしれません。そう、1933年にルーズベルト大統領による国民の金保有を禁じ、強制的に金を没収した時の”Confiscation of gold”を思い出します。この時は大統領が自国民の財産没収を行ったわけですが、今回は制裁対象国の凍結資産を没収しその国の敵対国への支援に転用するというかつてないケースになります。しかも、ロシアの凍結された資産の中身は米国債が多いと言われていて、正当な法的手続きを経て取得した米国債を米政府が恣意的に転用できるとなれば、これは米国債市場を支える法的根拠の破綻を意味します。

 4100兆ドルを超える米国債市場は世界の金融市場でダントツの大きさです。ロシア以外にも主要な米国債保有国は日本の1兆982億ドルを筆頭に、以下のグラフのように示されます。こうした保有国のうちBRICs陣営でロシアを除く、中国、インド、ブラジルを合計すると保有額は1兆2,110億ドルにもなります。仮にこうした国々が米国との外交関係が悪化し、ある日制裁をかけられて、保有している米国債を凍結、没収され敵国支援金に転用されるのではないかと疑念を持つだろうと想像できます。

【グラフ1】米国債保有国ランキング (USD billion/ 10億ドル)

出所: statista(2023年10月時点)

 また最大の米国債保有国の日本と台湾は米国の同盟国であり、台湾にはこの2月から米軍が常駐しています。まさか同盟国の資産まで凍結することはないと考えられますが、この同盟関係は未来永劫ではなく、米国の国内政治の状況によっては恣意的に関係が変わり、資産没収となるかもしれないとなると、一気に不透明感が高まります。こうした状況はNATO加盟国、つまり、EU諸国でも同じです。

 米国はEUに対して国内のロシアが保有する資産を凍結するように圧力をかけているようですが、こんなことをすればロシアは黙っていない。ロシアにある欧州の主要銀行の資産を凍結するなどの報復に出ます。先進国間の金融機関の資金が動かせなくなれば、流動性が逼迫し、米国債市場への不信が高ま理、信用崩壊になりかねない、危機的な状況になりかねないのです。

 目下、米国の公的債務は爆増を続け、34兆ドルにも達しています。借金を借金で返すために債券を発行し資金を回していかなければなりません。下のグラフは米国債発行総額の推移を示しています。コロナ禍以降、特に2021年のバイデン政権以降は急激に増え続け、債務を賄うための債券発行額も増えています。こうした状況で、米国は米国債を国内で消化しきれない分を海外に購入してもらわなければなりません。それなのにバイデン政権のみならず共和党までもがREPO法案賛成に回ったとは、米国は自らの墓穴を掘っているのか?こんなことではドルの信用崩壊にもつながりかねません。

【グラフ2】

 当然、多くのエコノミストや識者は私と同じ意見を政権に申し入れ、バイデン大統領が金融市場崩壊をもたらさないよう警告しています。しかし、現実的にはすでに米露の間で資産没収の報復が起こっています。ロイター通信は「ロシアの裁判所がJPモルガンチェースに対し資産凍結を命じた」と報じています。これはロシア国営銀行VTBニューヨーク支店が保有資産4億3950万ドルをウクライナ侵攻に使用しようとしたため、JPモルガンが金融制裁に従いその資産を凍結したことに対し、ロシアがJPモルガンのロシアに保有する資産を凍結するという内容です(4月24日記事)。

 このまま資産没収の応酬がエスカレートしていくと、資金移動ができなくなり決済システムは機能できるのか、金融市場が正常に機能しなくなるのではないかと心配になります。むしろ、これこそがグローバリストの目論見、すなわち資金移動を凍結し、一気にCBDCを導入するということになるのかもしれません。しかし、そんなことをしたら逆のブーメラン効果で、最も損失を受けるのはグローバリスト自身になると考えられます。いずれにしても、BRICsのブロック化は進み、その分、米国覇権は弱体化していきます。

参考資料:

・Heritage Foundationレポート(4月15日) “The REPO for Ukrainians Act is Unnecessary, Costly, and Risky

・YouTube「ニキータ伝」(4月24日)【RusNews】米議会、ウクライナ支援の休み明け〜力余って大盤振る舞い❓

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