「坂の下の石ころ」と「アメリカン・ナイトメア」
NHK大河ドラマ「坂の上の雲」が始まっている。今の若者が興味持ってこの番組を見るかどうか疑問である。この秋から週一で大学に教えに行っているが、1990年以降生まれた学生たちは、好景気や世の中が明るく、大人たちが希望を持って前向きに生きる様を見たことがない。しかも、就職超氷河期と言われ、いまや「坂の下の石ころ」となった日本でどうやって食べていけるのか、生き残っていくのか。頑張れば坂の上の雲に届くところまで行けるなんて能天気なことよりも、厳しく冷酷な現実に立ち向かい、日常の中でどうやって自分なりの幸せを実現できるのか、鬱になりそうな自分を律して自助努力するのがやっとだ。
日本が「坂の上」にあると目指してきた欧米、とりわけ米国の現状はどうか。ITバブル以来、バブル破たんの後に少し景気が上向くと「雇用なき回復」と報じられる。しかし、今回の住宅バブル破たんとリーマンショックの後、米国には雇用を創出できるだけの産業が残っていない。製造業からホワイトカラー職までコストの安い海外にアウトソースし、米国内は空洞化している。MBAや管理職のエリート・ビジネスマンすら必至で再就職先を探してもなかなか見つからない。
「貧すれば鈍する」は、今の米国にぴったり。米国の地方政府は財政難から警官や消防士をレイオフするなど公共サービスの質を落としている。犯罪が増え、荒廃した街にはドラッグと売春がはびこり、日本の地方のシャッター通り以上に恐ろしい無法地帯が広がるのではないか。若年層の失業率も改善しないことから、こんな近未来に、もはや「アメリカン・ドリーム」は失せ、「アメリカン・ナイトメア(悪夢)」が湧いてくる。
NYのウォール街の連中、そして首都ワシントンDCの政策担当者やメディア関係者など、権力に近い人々は米国のふつうの生活者とはかけ離れた生活をしているため、庶民の実感がわからないのだ。米国の権力層と国民との意識は、第三世界における独裁者と被支配者ほどかけ離れている。その隙間にTEAパーティなど第三党への草の根的な動きが広がっている。
ユーロ圏ではハンガリー国債格下げを始め、きなくさい。ユーロは政治的な共同体構想を実現しようという理想から、各国の国民経済の実体を顕す通貨を無理やり統合してしまった。実体が理想とどうしようもなくかけ離れて分裂状態に入った以上、いったん三つくらいの地域圏に分裂する必要がでてくると思われる。
先程、フィナンシャル・タイムズは「中国の進歩派指導者が北朝鮮と韓国の統合を認めている」と発言したと報じた。冷戦時代、米国にとっての主敵はソ連だった。そして1989年「ベルリンの壁崩壊」以降、90年代の主敵は日本となった。今は中国が主敵となる。そんな中、朝鮮半島で統一が起これば、東西ドイツ統合の際に西ドイツが被った以上の大きな負担ゆえに、韓国経済は大きな打撃を受けそうだ。統一韓国は日本にとって脅威となり、日本はかつて中曽根首相が発言した通り、米国の「浮沈空母」となりそうだ。背筋に寒いものが走るこの現実に、統治能力を失った日本政府はどう立ち向かうのだろうか。