財政規律はどこへ: モラルハザードはいつまで続くのか
ギリシャ問題が欧州市場を不安に陥れている。ギリシャの財政赤字はちっとも改善していないし、ギリシャ政府に改善の意欲も見られない。本来ならば、「パルテノンなどすべての国家資産を売り払ってでも借金を返済する」と誠意を見せるべきだろう。 借金し放題、国民は優雅な年金暮らし、これでは財政規律を守ることを前提としたEUにとって永遠の重荷になるばかりか、モラル・ハザードを起こし、EUの存続そのものが立ち行かなくなる。ギリシャの次にポルトガル、スペイン、イタリアなどが控えている。
リーマン・ショックの後、モラル・ハザードの問題はなし崩しになっている。米国の量的緩和で大量の資金が市場に出回り、とりあえず大恐慌を避け、世界経済は息を吹き返してきた。おカネがじゃぶじゃぶのまま世界経済は新興国のおかげでゆるやかな成長を続けている。このゆるやかなずぶずぶの状況はいつまで続くのか。
米国政府は2008年10月に、通称TARP(Troubled Asset Relief Program:不良資産救済プログラム)を設定し、シティグループやAIGなど民間の金融機関をも含む救済に公的資金を投じた。その総額は1兆ドル、米国GDPの1%弱に相当すると報じられた。
米政府の救済策では、誰を優先してどのくらいの資金を投じるか、その優先順位の付け方が問題となる。今回の危機でも、なぜAIGなのか、なぜそれほど巨額な資金が必要なのか、納税者に理解を求めるような十分なコミュニケーションがあったとはいえない。ニューヨーク・タイムズ紙のグレチェン・モルゲンソン記者は、当時TARPをThe Act Rewarding Plutocrats(政府にすり寄る金満家が得する法律)と揶揄した。
じっさい、救済された金融機関は、サブプライム・ローンを始め、住宅バブルに乗って、家計にリスクを転化して収益を上げてきた。そして、破たんによる損失は、税金によって穴埋めされている。これでは、政府のエコひいきを受けた者だけがうまい飯が食えるという、モラル・ハザードが起こってしまう。
金融危機はアダム・スミスの産業革命期以降、何度も起こっている。そして、危機への正しい対処は、米国の初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンによって示されている。ハミルトンの政策は、古典中の古典、基本中の基本である。今後、これ以上のモラル・ハザードを防ぎ、政治的安定を得るために、政府はこの基本に立ち戻るべきではないだろうか。
ロバート・ライト教授は、近著”Bailout: Public Money, Private Profit” (金融危機からの救済、公的資金による私的利益について)で、危機救済のあるべき原則について、ハミルトンの政策を紹介している。
「1792年の金融パニックのさい、各国中央銀行は利上げを実施したが、資金を必要とする借り手に十分な担保を取ったうえで貸し出した。金融危機で一時的に資金がいきづまっても、優良企業であれば融資に必要な優良担保がとれる。銀行は、優良担保と高めの利子で、どんどん貸し出し、景気回復とともに収益を上げた。当時の銀行融資においても、当然モラル・ハザードが起こるという批判が起こった。ハミルトンは、リスクの高い貸し出しゆえに高い金利を正当化した。また、さいわいなことに、危機のさなか、当時の人々は景気回復期のリターンをそれほど期待していなかった。」
重要なポイントは、無益なリスクを取った当事者にはそれ相応のペナルティーをきちんと払わせなければならない。「落とし所」を明確にして責任を取らせるべきだ。ペナルティーなしにずるずると救済すれば、責任回避をした上に救済された金融機関に対して、金融業界で当然モラル・ハザードが起こり、さらに、負担を余儀なくされた納税者から不満が噴き出すのは必須である。
じつに、21世紀にはいってこの10年で米国はITバブルと住宅バブルを経験した。米国政府もFRBもアレクサンダー・ハミルトンとは全く異なる政策を実施してきた。バブル崩壊で起こった危機のさなか、FRBは金利を引き下げた。量的緩和により、市場に資金をどんどん流しこんだ。こうして「イージー・マネー」が市場に溢れ、金融機関は救済されたが、同時に、市場関係者の間では「だめになったら政府が助けてくれる」というモラル・ハザードが広がった。私利に走り自制心を失って無益なリスクを取る行動様式、いわば「野獣的な営利主義」が蔓延したままになっている。
さらに、モラル・ハザードが金融機関だけにとどまらず、一般家計の間にも広がってしまった。現に、米国の勤労所得者層はモラル・ハザードを肌で感じている。住宅金融において、もともと信用リスクの高かったサブプライム・ローンの借り手は政府の援助を受け、モラトリアムで利払いの免除を受け、さらに福祉手当ももらっている。一方、信用リスクの低い一般のプラム・ローンの借り手は、毎月ローン返済していたのにもかかわらず失職などで経済的に苦しくなり、持ち家を手放さなければならないといった切羽詰まった状況に追い込まれている。
こうした勤労所得者への増税によって、オバマ政権に対する市民の広範な怒りがわき上がり、TEA Partyなど草の根運動に人々を駆り立てている。個人あるいは一般家計レベルまでいきわたったモラル・ハザードを放置したまま、低金利と量的緩和で過剰な信用を創り出しておけば、景気回復とともに、また過剰なリスクを取る市場参加者によってバブルが生成されるという、同じパターンが繰り返される。ギリシャの規律のなさも放置しておけば、欧州のリーマン・ショックとなりそうだ。