米国債は打ち出の小づち
往年のエコノミスト、ウォージンローア博士のレポート(3月15日付)によれば、米国の民間部門は堅調だが、政府部門では「財政の崖」が懸念材料だ。今年は社会保障費の値上がりや増税で家計の消費や借入がそれほど伸びない。そのため、企業の設備投資の回復がややくずついている。
日本と同様、米国でも民間部門にはお金があふれ、政府部門は赤字財政を抱える。日本では民間のお金が国債発行を引き受けて政府の赤字を補てんしている。米国では事情が異なる。「財政の崖」と言われながらも、ウォージンローア博士は「米国のバランスシートは心配ない」と述べている。
理由はいたって単純で、資産の部にあるMBS(住宅ローン担保債券)や米国債は償還すれば済むからだ。では、負債の部にある準備金は?バランスシートの帳尻を合わせるのはテクニカルな問題で、本当に重要なのは、そもそも米国債で調達する資金は何のためかというポイントであろう。
その答えとは(私見であるが)、「世界の金融市場をドルが支配し、米国が国益のために自在に使える資金を必要とするため」である。ドルが支配権を握っているかぎり、世界景気の波は米国がコントロールできる。米国債は、米国の国家戦略の大きなサイクルで資金が必要なときに振れる打ち出の小づちと言えそうだ。
一般に好景気が続けば歳入が増えて財政黒字になる。実際、クリントンが大統領だった1992-2000年に米国はIT革命のおかげで好景気に沸いた。クリントンが掲げた歳出削減は達成され、財政赤字も黒字に転じた。そして、米国債の発行も必要なくなった。となれば、既発の米国債が満期を迎えて償還されれば、新発の米国債は市場から姿を消してもよかった。
クリントンの後に就任したブッシュ大統領は、2000年のITバブル崩壊、2001年の世界同時多発テロ、そして2002年のエンロン・ワールドコムの会計不正疑惑と三年連続して株式市場が大きく下げる局面に直面した。2003年にはイラク侵攻を始め、テロとの戦いを掲げ軍事費を拠出、財政拡大(ブッシュ減税)と金融緩和(超低金利政策)に踏み切った。
今年はイラク戦争からちょうど10年目だ。私は当時ニューヨークにいて、あの頃の米国のヒステリックな様子を「ウォール街のマネーエリートたち」(2004年 日本経済新聞社)で描いた。米国は2003年から2007年まで過剰信用を作り出した。住宅バブルで景気を浮上させ、エマージング市場など世界の資本市場をもけん引した。その破たんは2008年のリーマンショックを機に一気にやってきた。
オバマ大統領の登場後、世界同時不況の折、どの国も歳出が増えて財政赤字と緊縮財政の間で悩んでいる。米国ではシェールガスによる製造業復活やイノベーションによる新規産業の発展が本格化する。2003年から10年たって、私たちは同じシナリオを繰り返すだろうか。世界の株価が上昇するなか、トレンドは明らかに上向いている。
民間部門が活性化すれば歳入が増えてくる。負債を抱える必要もなくなり米国債の発行も先細るかもしれない。そうなれば、米国は既発の米国債を早期償還のために回収し、資金を負債(デット)ではない資本(エクイティ)の形でより効率的に回すようになるかもしれない。国家ごとプライベート・エクイティ・ファンドになるようなものだ。
一方、世界で紛争への直接介入を控えたとしても、国内の社会保障費の拡大などで、米国は多額の資金を調達しなければならない。国内に広がる貧富の格差をどうするか。国家資本主義の経済と社会主義的な政策との亀裂によって、米国社会で一層の「ディバイド(分裂)」が進行するのではないだろうか。