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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

マイナス金利で「ペンション・ペイン」

ペンション・ペインとは?

 ペンションとは洋風の民宿ではなく年金である。ペインとは痛みで、「ペンション・ペイン」とは高齢者の受け取る年金の額が減っていき、高齢になればなるほど益々生活が苦しくなる事態をいう。

このコラムでも以前、各国年金制度の格付けについて記した。

 世界ランキングで日本の評価は残念なことに落第点「D」で、これでは年金不安が広まるのは止むを得ないと思われた。ところが、評価Aのオランダですら、年金受給者の「ペンション・ペイン」が広まっている。

参考 FT記事 (11/17付‘Their house is on fire’: the pension crisis sweeping the world)

ペンション・ペインを引き起こすマイナス金利

 世界中で年金危機が広がっている理由は、マイナス金利で年金運用が困難になり、受給者への給付額を減らさざるを得ないという現実がある。同記事によれば、オランダの金属会社に長年勤めた77歳の退職者が、受給額を10%カットされると聞いてショックを受けている。彼は年金に加入して60歳まで真面目に働き、やっと悠々自適な年金生活を楽しんでいた矢先だった。こうした事態は日本でも近い将来起こるだろう。

 低金利、ゼロ金利、そしてマイナス金利で、年金基金の予定利回りが低下してきた。日本では予定利回りが2%くらいである。それでも、今後はさらに利回りを達成できずに、給付額が減っていくことになりそうだ。

 正常な資本市場であれば、金利が金利を生み続け時間を味方にお金は増えていく。マイナス金利はその逆で、お金は銀行に預けておくだけで減っていく。人々は預金も年金受給額も減らされていくという事態に直面する。これでは、銀行や政府を信用しなくなるし、働いて将来のために貯蓄するという意欲も失ってしまう。

ペンション・ペインはマイナス金利が資本主義を崩壊させる警告

 私の社会科学の師匠、小室直樹氏は、金利とは「今あるお金をその場で使わずに1年禁欲することで得られる報酬である」と語った。プラスの金利であれば、確かに禁欲に対するご褒美であると言える。

 ところが、マイナス金利が続くと、もらえるはずのご褒美は罰金に変わる。するとどうなるか?人々は資本主義の精神を支えてきた「禁欲的アスケーゼ」を失っていくだろう。

 人々は、宵越しの金をもたない、刹那的で享楽的な行動を取るようになるだろう。しかも、マイナス金利だと借金してもお金をもらえるので、お金に対する規律を失ってしまう。計画的に資金繰りをするとか、余剰資金を運用して増やしていくという合理的行動様式、自主管理するエートスを失ってしまう。

 さらに、キャッシュレスが浸透すれば、お金のことで痛みを感じない、麻痺状態にさせられてしまうだろう。キャッシュレス社会はやがて無規範の「ペインレス」をもたらし、国民が若い時に貯蓄をする習性を失い、年金制度そのものも成り立たなくなる。「痛みを伴わない」マイナス金利は、資本主義そのものを崩壊させるだろう。「ペンション・ペイン」はその警告ととらえるべきだ。

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