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デスメット教授「集団形成(Mass Formation)」に想うこと

 社会心理学者マティアス・デスメット氏の新著”The Psychology of Totalitarianism”(全体主義の心理学)がベストセラーになり、注目されています。 デスメット氏は、臨床心理学の専門家で、ベルギーのゲント大学教授です。

 2020年3月以来、コロナショックとロックダウン(都市封鎖)が世界各地で同時多発的に起こり、人類はかつてない規模の社会変動を体験しました。これは社会工学で言う世界規模の「社会実験」と言えるかもしれません。

 そうした変動の中で、社会はますます分断されていきました。しかも、その分断のあり方は人種や宗教の違いや貧富の差からくる従来の「差別」ではなく、ワクチン推進派と懐疑派といったように、マスメディア情報をそのまま受け入れて行動するかどうかによって人々をグループに仕分けしていくという分断です。

 今回のコロナショック以降、マスメディアによる情報操作によって、実際、どのような集団(グループ)がどのように形成されてきたのか。デスメット教授は、その検証を踏まえつつ、これから起こりうる社会変動について、これから人々がどのように絆を取り戻し、さらに新しい絆を創造できるかについても述べています。

(参考動画) https://thehighwire.com/videos/mattias-desmet-the-psychology-of-totalitarianism/

 これまで大規模なプロパガンダによる情報操作で大衆が暴力的な集団行動におよび、革命や戦争が引き起こされた悲惨な事例は歴史上たくさんあります。私の大学時代には、ハンナ・アレント著「全体主義の起源」が多く読まれ、ナチス政権下で市民社会がどのように崩壊し、大衆の心理的エネルギーがユダヤ人への憎しみと虐殺に向かっていったかを学びました。

 その後も多くの集団心理学や社会工学の研究がなされ、集団形成の過程も見えてきました。その過程(プロセス)を私なりに簡単にまとめてみます。

  • 急激な社会変動によって、個々人が既存の社会的なつながりから切り離されて孤独に陥る、
  • 人は孤立したまま生きることの意味を見出せず、人生が無意味だと感じるようになる、
  • やがて、なぜ自分がこんなに苦しんでいるのか理解できなくなり、言いようのない怒り、苛立ち、絶望へと駆り立てられ、暴力的な行為に及ぶようになる、
  • そこに新しいつながりや絆を提供する集団が現れて孤立した大衆を受け入れていくが、それは政治的な目的を持った集団(ナチスや共産党、極右など)かもしれない、
  • こうした新しい集団形成が起こるとき、それに賛同して受け入れる人と反対する人とに二分され、両者は対立する。様々な対立が激化する中、大衆は集団催眠にかけられたかのように、その心理的エネルギーをたった一つの憎しみの対象に集中する、例えば、ナチス政権下のユダヤ人のような標的を作り出す、
  • 全体主義は対抗する反対勢力がなくなると必ず自己崩壊する、しかしそれまでの間、大衆は人間性を喪失し、多くの犠牲を払うことになる。

 ロックダウン以降、誰もがいつものように学校や会社へ行けない、趣味のサークルで友達と会えない、家族の団欒が以前のようにできない、といったことを私たちは強制的に体験させられました。ディスメット教授は、この2年以上に及ぶコロナ禍で、SNSをはじめネットやテクノロジー支配による新しい全体主義の統治手法が実験され、今もなお、私たちが①から⑥の過程の途中にあると指摘します。

 さらに、ディスメット教授は、こうした大衆操作や集団ヒステリーから来る極度の社会ストレスを避けるためには、私たちが日頃努力しなければならないことにも触れています。まず、人の意見をよく聞く、お互いに理解しようと努力する、寛容な心を持つ、理性的な判断を行う、そのためには科学的根拠や合理性の追求をやめない、など。

 そして、テクノロジーの進化に伴い、今後に社会変動の中で、新しいレベルでの人間性の追求、人と人との新しいつながり方、絆のあり方、コミュニケーション(伝えたいことを伝える)を探していくことが、特に重要だと指摘しています。そうした努力をしなければ、人間の尊厳を失い、文明以前の野蛮な状態に戻ってしまう、まさに人類の崩壊につながります。

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