グローバルストリームニュース
国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

脱ドル化とBRICs通貨について

“通貨は経済の顔である” 小室直樹(社会学者)

“ロビンソン・クルーソーと人間類型論” 大塚久雄(経済史家)

 7月7日の七夕の夜8時から、私は及川幸久さんのニコ生チャンネルにゲスト出演しました。前半はアメリカ独立記念日の意味(7月4日が独立記念日だったので)について、そして、後半は脱ドル化やBRICs通貨の動きについて対談しました。

 前半の「アメリカ独立記念日の意味」の内容については前号でお伝えしていますので、今回は対談の後半の部分、新しい通貨体制やデジタル通貨について、重要な点を書き留めておきます。

 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、欧米はロシアへの金融制裁を続け、また、米中間では貿易戦争が続いています。欧米と中国との貿易が先細る中、中国はロシアから原油など資源を、ブラジルから食料等を輸入しています。また、アフリカとの貿易も増えています。

 BRICsにサウジが加わり、中東とユーラシア、アフリカ、ブラジルが欧米とは別の通商貿易圏を形成し、その圏域内で通用するBRICs通貨を作る動きが加速しています。欧米グローバリストの企てる「グレートリセット」に巻き込まれたくない、米ドルやユーロ以外の独自の通貨圏で地域ブロックを形成したいという動きです。そして、この8月に開催されるBRICs会議への期待が高まり、今後はドル覇権が弱まり、世界が脱ドル化に向かうという見方が広がっています。果たして「脱ドル化」は進むのか?

 ここで、通貨と経済について考えてみます。私が大学生の時に師事した社会学者、小室直樹氏は「通貨は経済の顔である」と言っています。つまり、経済が成長しなければ、その国の通貨には魅力がない、魅力がなければ使われなくなって廃れていく。通貨だけあってもだめで、その価値を裏付ける経済のあり方が重要なのです。

 その点から見ると、BRICs通貨がドルを超えて覇権通貨になるためには、その域内の国々の経済が成長し、通貨の価値が将来的に魅力的なものでなければなりません。仮に、経済成長を伴わなければ、域内の通商貿易の支払い通貨として機能するだけで、「重商主義」の時代に逆戻りすることになります。つまり、通商貿易の特権を持つ国王や大商人の手元に富が蓄積し、域内の国民経済全体の成長に余剰資金が資本として投入されることはありません。

 我々の21世紀では、資本主義が発展し、高度な金融資本市場が出来上がっています。通貨は貿易の支払い決済だけではなく、資本に投資されて蓄積されていく「準備金」としての役割があります。例えば、1980年代の日米貿易戦争では、日本の対米輸出が凄すぎて、日本側にドル建の貿易黒字が蓄積しました。この黒字は米国債購入や米国への直接投資に充てられ、日本は米国への資本投資でドル建準備資金を増やすなどして、資本収支で貿易収支を均衡させ、資金を循環させたのです。

 このようなことがBRICs域内で起こるでしょうか?つまり、BRICs通貨が「支払い機能」に加え、「準備金としての機能」を果たせるようになるでしょうか?相手国の貿易収支に対して資本循環を促すような金融資本市場が域内で創られるのでしょうか?

 一国の経済成長が持続するためには「資本主義的な拡大再生産」のメカニズムが不可欠です。それには付加価値の高い製造業やイノベーションを支える教育、勤勉で道徳心の高い国民性といった社会的な基盤が必要です。さらに、法の支配や資本市場を支える信用創造のメカニズムが不可欠です。資本主義経済は、民主的で安定した政治体制と法の支配がワンセットでなければ持続的に機能しないのです。

 経済史家の大塚久雄氏はマックス・ウェーバーを研究され、「資本主義の精神」を持った人がどんな人物かを「人間類型論」でわかりやすく説明されています。皆さんは子供の頃に「ロビンソン・クルーソー漂流記」を読んだことがあるかもしれません。ロビンソンは無人島に漂流します。生き延びるために船に残された種を蒔いて耕し、収穫し、簿記をつけて計算し、合理的な自給自足の生産活動をします。強い心で28年間も島で生き延び、故国に戻ります。

 ロビンソン・クルーソーはSFではなく、実際にロビンソンの生産活動は1620年にメイフラワー号でプリマスに到着したピューリタンたちの最初の入植活動にも見て取れます。彼らは土地を囲い込み、教会を建て、信仰生活と再生産活動を始めました。これがアメリカ資本主義の始まりです。17世紀のピューリタンの「世俗内禁欲」エートスが植民地経済の発展と共に、18世紀には一層世俗化して、信仰の自由、寛容の精神など基本的人権をまとめた「合衆国憲法」に昇華していきます。

 75年前に東大で大塚教授から直々「人間類型論」の授業を受けた一阿さん(96歳)は、当時を振り返り、また、アメリカ第一主義を主張するトランプ氏を「資本主義に帰るのだ」と興味深いコメントをされております。

 2020年11月の大統領選挙でトランプ潰しを進めたバイデン極左民主党とグローバリストは「資本主義の精神」そのものを潰そうとしています。「資本主義の精神」を根こそぎにされた米国に強いドルはありえません。グローバリストたちは米中をはじめとする国内に侵入し、世界共産主義同時革命を目指す。その先にあるのが新世界秩序(NWO)であり、世界統一の独裁政権が成立すれば、再生産活動は止まり、あらゆる国富は彼らの手中に入るものの、その後の持続的成長は消滅していくでしょう。ソ連経済崩壊がその証明です。

 では、アメリカの本来の資本主義が死んだ時、BRICs通貨がドルに代わる覇権を握るでしょうか?中国やロシアのような非民主主義的な国体で持続的な経済成長が可能でしょうか?米国以外の資本市場を通して、国際的な貿易収支を資本循環させる仕組みが可能でしょうか?

 このように、イデオロギーが経済の現実を支配しようとするときに「ロビンソン・クルーソー的な人間類型」が消滅します。その時には経済的自由を得た「中産的生産者層」を中核とした市民社会も失われていきます。再度、「人間類型論」に加えて、大塚史学における生産力論、民富論、国民経済論などをバージョンアップして21世紀の通貨と経済のあり方を考える必要があります。

参考: 『資本主義と市民社会』 大塚久雄著 齋藤英里編 (岩波文庫 2021年)

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