1月13日に恒例のモルガンスタンレー・アセットマネジメント主催の新春年金セミナーに顔を出した。会を締めくくるにあたり、5百人を超える多くの参加者を前に、同社の古川執行役員は興味深いことを述べた。
そのひとつをまとめると、昨年モルガンスタンレーは日本株運用から撤退した。日本という国に成長性があるのかという問いに対して、米からみて答えはノー、つまり、日本自体に戦略的な有効性を認めなくなったのだ。もちろん、ソニーなど優良銘柄への個別投資は続ける。しかし、それはアジアの中で投資対象を探したら、たまたま中国企業ではなく日本企業だったというベースに基づいている。日本企業がグローバルな投資家の投資対象となるには、韓国、中国、インドの企業と比べて競争力があるアジアの企業として価値を認めてもらわなければならない。見放される日本、日本国内の機関投資家や企業経営者は真剣に危機感を募らせている。
セミナーが終わった後、知人の年金運用担当者と飲みに出かける。ヘッジファンドの投資家でもあるこの常務理事は、最近はマネジャーが機関投資家をとばして直接年金を訪問してくると話す。リーマン・ショック後リスク・アセット圧縮に動く銀行や生損保は、積極的な投資行動ができないでいる。しかも、内部に抱える不良資産を吐き出せないでいるため、図体は大きいのに体力がどんどん衰え始めている。そんなところへ海外からわざわざ訪問するマネジャーは減り、彼らのところへ最新情報が届かなくなっている。
日本の銀行や生損保の企業融資が先細れば、能力のある企業はニューヨーク証券取引所に上場するなど海外で資金調達し、国外に出てしまう。競争力のないゾンビ企業だけが国内に残れば、日本の成長性にもさらに陰りが出てくる。日本が成長しなければ、インデックス運用が多くを占める年金基金でも損失がかさみ、「ヘッジファンドでいくら儲けても、国内運用のロスに吸い取られてしまう」という運用状況である。年金運用者も真剣に行く末を懸念している。
日本が将来繁栄を続けるためには、技術革新の著しい昨今、特に新規分野での研究開発、成長分野への投資は欠かせない。将来を見据えた戦略的な投資がなければ、産業は育成されず、国として競争力を失い、衰退する。慢心して世界の流れに遅れれば、国富を失うことになる。しかし、リスクを伴うこうした投資資金は、機関投資家から離れつつある。
今、一番大きなリスクを張っているのは、個人投資家と政府である。日本の個人投資家は外為取引でヘッジファンドも顔負けの大きなレバレッジをかけている。また、日本政府は、国民の税金を破たんさせるべき日本航空の穴埋めにつぎ込むなど、最もリスクの高い投資を行っている。日本のリスク資産は、投機的な個人とリスクに最も疎い政府の役人という、プロとは程遠い人々の手によって運用されている。なんとも恐ろしいが、これが現実である。
日本の国富に目を転じよう。日本には個人資産1500兆円といわれるほどたくさんのお金があると思っている人も多い。しかし、日本国民は、自分達の金融資産のほとんどが国債・地方債を通して国に吸い上げられている事実を知るべきである。(大まかな数字であるが)家計部門の金融資産は約1410兆円、負債380兆円を引いて1030兆円ある。この資産のうち960兆円は、公的部門(公的年金、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、企業年金基金)と国債・地方債の一般政府部門の資金に吸い上げられている。さらなる国債増発で家計部門は完全にマイナスに転化。農家への所得保証や各世帯への子供手当などの政府のばらまきによって負債は増加する。
財務省をみると一般会計で80兆円、特別会計で200兆円のお金があるという。特別会計の巨額なお金の用途は様々な法律によって縛られ、がんじがらめになっている。日本は「しがらみのポートフォリオ」状態である。お金がありながら有効活用できない、まさに「金縛り」といえるだろう。
そして、海外からは日本に成長はないと見放されつつある。その一方で郵政の官製化が進むなど、民間圧迫おかまいなしの、強力な中央集権国家官僚体制が出来上がりつつある。民主党が無知無力なだけに、小党分裂がおこれば政治不安が増幅し、政治的リーダーシップもなく、国家官僚体制は一層強固になるだろう。
もし、シンガポールのGICなど名だたる国富ファンドのように、プロ中のプロが運用を管理し、堅実な年金運用と成長を踏まえたリスクマネーの投資の両面でしっかり目配りでき、政府系でも優れた運用実績を積むことができるのであれば、国民にとってもプラスである。こうした運用者には成功報酬を払ってもよいだろう。しかし、プロの訓練を受けていない日本の役人が運用すれば、JALごときの放漫経営で破たんに至るのは目に見えている。
効率的な国家経営において、日本では強力な中央集権化を前提に、時代の逆を行く日本が見捨てられないためには、民営化よりも官製化でどうやって強くなれるのか、国を挙げていかにして優れた運用体制を作るか、総力戦として知恵を結集すべきではないか。かつて「ルック・イースト」とシンガポール政府は日本を評価してくれたが、今はその逆に、日本がシンガポールを始めアジアの新興諸国の生き残り戦略を参考にしたほうがよさそうだ。