以下は、4月12日にキーストーン・パートナース年投資家総会の基調講演でお話した内容です。
私は2007年に東京に戻るまでの約20年をウォール街で過ごしました。レーガン大統領の時代から、二度にわたる湾岸戦争、同時多発テロ、ITバブルや住宅バブルの生成と崩壊、など多くを体験しました。
国際金融のグローバル化を進むなか、私もまた、M&A、証券化商品の格付け、仕組み債券の営業、ヘッジファンドやプライベート・エクイティを含むオルタナティブ投資ファンドといった先端的な分野でキャリアを築いてきました。
この20年を振り返り、オルタナティブ投資の重要性とファンドの果たす役割の大きさについて、今日は皆さまに大風呂敷を広げて、その意味をお伝えしたいと思います。
ここに三つのキーワードがあります。
- 直接金融 Disintermediation
- グローバル化 Globalization
- 国家資本主義 State Capitalism
1980年代の米国では金融緩和が進みました。直接金融とは企業など資金を必要としている側が銀行を通さずに、資本市場で投資家から直接資金を調達する仕組みです。80年代半ばから証券化の動きが加速し、M&Aやバイアウト・ファンドが活躍し、資本市場も活気づきました。そして、1990年代半ばからはインターネットという新しい技術革新の波が起こり、米国のシリコンバレーから発し、ベンチャー・ファンドがブームをけん引しました。
こうして、21世紀を迎える前に、直接金融が企業の資金調達を後押しし、経済活動の根幹をなし、そうした体制が21世紀の最初の10年をかけて世界に波及し、グローバルな金融資本主義を体現することになりました。
今や、グローバル・マネーは瞬時に国際金融市場を駆け回り、その動きが世界の投資運用に大きな影響を与えています。
こうした国際金融市場のあり方について、リーマンショック以降は強欲資本主義とかファンドについてはハゲタカといったマイナスのイメージが付いて回るようになりました。昨今のAIJ投資顧問の問題もそうです。しかし、国際金融は一国の政治体制にかかわらず、広く外交や国家戦略の一部となっています。その象徴的な存在がソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)といえるでしょう。中国のCIC、シンガポールのGIC、タマセーク、韓国のKIC、産油国のファンドなどをみても、国家が金融資本を国益のツールとして有効利用しているのです。
私の問題意識のなかで、SWFは国家資本主義と結びついています。この点について、地政学の観点から見ると、金融は国家の屋台骨であり、国家の大戦略の中核をなしています。残念なことに日本の政治家はこうした事実を体系的に学びとることすらしていません。
地政学では、一国がひとつひとつの戦に勝ち、どのように他国よりも優位な地位を持続的に保つかを研究します。図のように地政学には基本的に7階層があります。「軍事戦略」以下は一つ一つの戦争です。軍事的な戦略のみならず経済、貿易摩擦などと置き換えてもよいでしょう。オペレーションのレベルです。その上には「大戦略」があります。
ちなみに、この7階層の考え方は企業戦略、経営論にもよく応用されます。
具体的に7つの階層を米国にあてはめてみると、米国は1620年に英国から宗教的迫害を逃れてきたピューリタンが建国した国家であり、良心の自由や宗教の自由、民主主義を理念として掲げています。世界観としては神に選ばれた国家であり、そうした民主主義を世界に広めていくのだという使命を持っています。
その目的のためには、軍事、経済、金融、外交といったあらゆるツール(手段)を駆使します。それは覇権主義とも表裏一体となっています。ときの政府(現在は民主党オバマ大統領)が持続的優位性のために、政策を決定していきます。金融市場もまた国益のために、大戦略を読みこみながら動いているのが事実です。
さて、ファンドの時代だと申し上げました。そのファンドのなかで、特にオルタナティブ投資ファンドはリスクマネーを還流させる重要な役割があります。米国ではもともとリミテッド・パートナーシップ(LP)で投資を行う仕組みが発達してきました。これは原油や資源の発掘、森林開発、新技術への投資など、リスクの高いとみなされる分野への投資で、一般の投資家を入れない、リスクを取れる適格投資家だけの私募の世界でした。ヘッジファンドやベンチャーもまたこうしたリスクを積極的にとれる自由な投資領域で発展してきた運用手段なのです。
リスクマネーの還流をどのように作り出すか、平たく言えば、いかにおカネを有効に回すかが、経済の成長戦略にとっては重要な課題です。LPによる投資は、節税効果が高く、GPの裁量が大きいなど自由でダイナミックな投資資本なのです。こうした投資はヘッジファンドなどを含む独特な運用技術に磨きをかけ、実際、優れたリターンを出してきました。この分野は総じてオルタナティブ(代替)と称され、これまでの株式や債券といった公募市場での投資と異なった発展をしてきました。
2000年以降、オルタナティブ投資は大手年金基金など機関投資家の脚光を浴びることになります。2000年のITバブル崩壊、2001年の世界同時多発テロ、そして2002年のエンロン、ワールドコムの会計不正疑惑で米国の株式市場は3年連続して下げました。そして米国の不況は世界に波及しました。この時期、多くの機関投資家が下げ相場でも絶対値の収益を上げてきたオルタナティブ投資へ注目し、実際に投資を始めたのです。
こうして、私募の世界での、あるいは富裕層のひそやかな投資手段だったオルタナティブは資産運用の主流になっていきました。現在、多くの年金基金や大学基金、財団では運用資産の10%から20%をオルタナティブ資産に分散投資しています。資料を見て頂くと、世界の資産運用業界において、オルタナティブ投資は増え続けています。しかもこの資料には不動産や資源開発の投資は含まれていません。
ファンドが世界の資産運用の中でいかに重要な意味を持っているかがおわかりかと思います。日本でもリスクマネーを循環させるためにはプロフェッショナルなファンド運用がなくてはならないのです。そして、独立したプロフェッショナルな運用者が優れた運用を実績を上げていけば、グローバル・マネーを日本への投資に導いてくれます。自由な資本が日本での投資機会を求めて日本へ流入してくることまで視野に入れれば、日本の国益のためにもオルタナティブ投資運用は広めていくべきであります。