ニューヨーク・タイムズ紙によると、大手ヘッジファンド、ムーア・キャピタル・マネジメントのベーコン社長は、運用資金の一部の20億ドルを投資家に返済すると発表した。運用せずに返してしまうその理由とは、一言でいえば運用難。いわく「第二次大戦後これほどまでに政治的な力が自由な市場経済の活動を制限したことはない。特にメルケル首相一人の意思決定が世界の市場に大変な影響を与えている」。政治
が市場経済に介入すればするほど、市場経済の合理性は失われ、ヘッジファンドが収益をあげることは難しくなる。
運用難といっても、2008年のリーマンショック以降、各国が金融緩和した分、世界にはマネーがじゃぶじゃぶ余っている。大手プライベート・エクイティ・ファンド、カーライルは、39億ドルの資金を集めた(フィナンシャル・タイムズ紙)。こうしたマネーは少しでも高い投資収益を求めて世界市場を動き回る。
その一方で、欧州危機や新興国の成長鈍化、米国経済の軟弱さが続き、優れた投資機会は少なくなっている。そして、米国には「財政の崖 Fiscal cliff」が立ちはかる。この崖っぷちから転落すると、そこには恐ろしいハイパーインフレが待ちうけている。
ブッシュ大統領が財政拡大策の目玉として行った大型減税は今年末で期限切れとなる。さらに米国では債務上限、米国債格下げが問題となり、来年2013年には強制的な予算削減が決まっている。「財政の崖」とはこれまでの財政拡大が引締めに大転換し、崖から転落するような急激な緊縮が起こるという意味である。
リーマンショック後のオバマ大統領による巨額のばらまきは、景気のカンフル剤となるはずだったが、実体経済は千鳥足で雇用もあまり改善していない。カンフル剤どころか今では麻薬のように、痛みを感じさせないだけだ。それでも、住宅価格の上昇や株価上昇など少しでも景気が上向くような気配があれば、米国人は凝りもせずにまた消費に邁進するだろう。
大手機関投資家の大きな資金は、カーライルなど一部の有名プライベート・エクイティ・ファンドに集中している。こうした資金はバイアウトやM&A、不動産投資に向かうだろう。様々な業界では強い企業が生き残り、独占と集中が顕著になる。 行き場を失った大量の資金と膨大な財政赤字(政府の借金)、この二つが同時に炸裂するのはいつか? FRBは2014年まで低金利を続けるのか?
米国が「財政の崖」から転落すれば、当然日本にもとばっちりが来るだろう。米国債は紙くずになるのか? 円高は終わるのか? それとも戦後のようなデノミが来るのか? 世界の通貨体制自体が変わるのか? いずれにしても大きなパラダイムシフトがこの数年以内に起こると予想される。
国際金融アナリスト。SAIL社代表。ウォール街で20年近いキャリアを持ち、ヘッジファンドなどオルタナティブ資産の運用に関して論文・記事、講演多数。国際金融および経済について情報発信中。
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