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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

I ♡ Wall Street (ウォール・ストリートに恋して)

Wall-Street

大井幸子さんは20年以上に渡って、ウォール街で活躍されてきました。その大井さんに、ウォール街の尽きない魅力を語って頂きました。

 

K:  大井さんがウォール・ストリートで働き始めたきっかけをお聞かせ願えますか?

大井: 私は1988年1月にアメリカでの留学を終えて日本に戻り、某大手生命保険会社に就職しました。

 

当時は「ザ・生保」と呼ばれた時代で、日本の生保は含み益をたくさん抱え、米国への投資を加速して行きました。当時、日本の機関投資家はロックフェラー・プラザなどマンハッタンの一流不動産を買うなど、円高をバックに企業買収にも積極的でした。

 

日本生命がシェアソン・リーマンに投資し、住友銀行がゴールドマン・サックスに投資する流れで、私の勤め先の生命保険会社もウォール街の中堅の投資銀行ドナルドソン・ラフキン・ジェンレット(DLJ)を買収しようとしていたのです。その企業買収の精査に携わり、ウォール街に出張し、DLJの創始者の一人、ジェンレット氏や幹部の人々と面談しました。

 

当時のアメリカの金融業界では直接金融が進んでいました。企業が必要な資金を市場から直接調達する手法です。「間接金融の銀行からさようなら」、といった感じでした。

 

DLJは80年代半ばから革新的なマーチャント・バンキング・ファンドを立ち上げ、1988年にはそのファンドは素晴らしい成果を上げていました。ファンドは、成長性の高い中堅中小企業を顧客とし、ミドル・マーケットといわれる市場でM&Aやつなぎ融資を積極的に行い、企業買収ではレバレッジドバイアウトのテクニックを使い始めていました。

 

このファンドのヘッドはトニー・ジェームズ氏でした。彼は今や世界最大のプライベート・エクイティファンド、ブラックストーンの社長です。私がトニーと面談してから25年かけて、彼がDLJでチャレンジしてきたマーチャント・バンキング・ファンドの手法が今や世界の金融の主流となっています。

 

某生命保険会社はDLJ買収をせずに、その子会社のアライアンス・キャピタルの一部に投資するという中途半端な形で買収が終わってしまい、個人的にはとても残念な想いをしました。

 

DLJのバンカーたちのようなホンモノのプロフェッショナルが集うウォール街でどうしても働きたくて、ムーディーズ本社に転職し、証券化商品の格付けを行うストラクチャード・ファイナンス部門のアナリストのポジションを得ました。こうして、念願どおりウォール街で働くことになりました。

 

K:  ウォール街で一番楽しかった経験をお聞かせ願えますか?

大井:  ウォール街で一旗揚げようと意気込んで来た人たちのキャラクターが多彩で、とにかく人が面白かったですねえ。みんな若く、スゴくCompetitiveで、ダイナミックで、とにかく一生懸命のし上がろうとしていました。

 

マイケル・ダグラス主演の「Wall Street」という映画がありましたが、あのストーリーを地で行くような人が周りにたくさんいました。

 

K: あの映画を観る限り、あまり良い人間とは描かれてないですが。それでも面白かったのですか?

大井: Pure Competitionというか、極端な競争社会では人間性がかえってよく見えるのです。勝ち残るためには、仲間同士助け合ったり、裏切ったり、いろいろなことが起こります。でも、それもウォール街で成り上がるためのゲームとして、割り切れます。仕事の上ではゴリゴリの人でも、仕事を離れると、家族サービス満点のフツーの人だったり、案外と信心深かい人だったりしますよ。みんな複数の顔を持っているのです。

 

アメリカ競争社会の面白いところは、人が複数の顔を持っているところですね。ウォール街で何をするのか、例えば、30歳半ばまでに大金稼いでリタイアするとか、具体的な目的をしっかり描いていないとタフになれません。ウォール街はアメリカンドリームを実現する真剣勝負の場なのです。成功者には貧しい出の人が多いですが、彼らはとてもハングリー精神旺盛で、タフです。

 

それから、人が複数の顔を持っている、というのは、ウォール街が全てではない、家族があり、教会があり、コミュニティがあり、自分が帰属できる多面的な生活空間があって、そこで役割を持っているということです。そうでないと、ゴリゴリの競争社会だけでは神経がすり減ってしまいます。競争社会だから、運悪く失職したりする場合でも、けっこう仲間が助けてくれて次の就職先を探してくれたり、家族や教会のメンバーも励ましてくれたり、精神的に支えてくれたりします。

 

そういったものを持たない人は、ドラッグに走ったり、自殺しちゃったり、精神的にスレスレでしたね。

 

アメリカ社会は自由度が広く、各人がいろんな属性を抱えているパッチワークのようなところです。だからこそ、競争社会でも、みなそれぞれなんとか楽しく希望を持ってやっていけるのだなと感じました。日本の企業のようなガチガチの丸抱え組織だと、かえって個人の多面的な生活空間や自由な精神世界を持ちにくいですね。

 

K: ウォール・ストリート時代で一番つらかった経験はありますか?

大井: そうですね。一生懸命に働いていたのに、ある日、突然会社が無くなっていたりとか、朝起きてウォールストリート紙を広げたら、勤めていた会社がつぶれると書いてあってビックリしたことがあったりしました。

 

K: ニュースで初めて知ったんですか?!

大井: そうですよ。私が働いていた投資銀行でも、それまでCEOは社員に対して「我が社は大丈夫だ」と言って、何か危機的なことが起こる雰囲気はなかったのです。

しかし、そういうときが本当は危ないのです。ベアスターンズやリーマンのときもそうです。明日破綻するときに、「我が社は明日破綻します」と従業員に告げる社長はいませんから。

 

K: ウォール・ストリートでの素晴らしい出会いはありますか?

大井: たくさんありますね。バーっとのしあがったかと思うと、線香花火のようにスーっと消えていく人もあれば、トレーダーの中で子分を何人も作って帝国を作っている人もいました。一般に華やかな世界では、「太く、短く」が原則です

 

K: では、ウォール・ストリートで長期的に成功する秘訣はなんでしょうか?

大井: トレーダーの場合は、早くにキャリアを始めるということに尽きます。私の知っている人で成功している人は、学生のころからインターンで入って、早くから下積みをしていました。人よりも早く仕事を体で覚えて、上の人に可愛がられて、良い仕事を取って、そして成功率を高めて行く。トレーダーであれば、波をみてマーケットが昇る時をちゃんとつかめる人。同時に落ちる時にさっさと逃げ出せる人ですね。当たり前のことですが、とっさのリスク判断の能力が求められるのです。

 

K: ウォール・ストリートの魅力を一言で言うとなんでしょう?

大井: 「Efficacy」とダイナミズムですね。

 

K: 「Efficacy」?あまり聞き慣れない言葉ですね?

大井: そうですね。Efficacyとは一般には「自負心」という意味ですが、自分の使命感達成のために高いところに自己評価をセットして、それに向けて努力を惜しまない人は「Efficacyの高い人」といえます。

 

ウォール街は、成功したいと願い努力を惜しまない高い能力を持った人たちが狭いとこにあつまってゴリゴリ競合・競争し合う場です。彼らはディシプリンが高いし、実行力はあるし、共通の目的を持って一緒に仕事をする仲間には最高です。

 

嫌なこともたくさんあるけど、それでもとても刺激的でした。

 

K: 日本の金融業界とは全然違うんですか?

大井: 全くちがいます。競争の質が違うのです。

 

日本で最近、銀行マンのドラマがありますよね、「やられたら倍返し」っているキャッチフレーズがでていて。「暗いなー」と思いました。

 

日本は同じような学歴の人たちが互いの足を引っ張り合う陰湿な競争のなかで、いかに失点を他者になすりつけて無傷で係長、課長に昇りつめていくかというゲーム・プランです。全く官僚組織と同じ原理ですね。

 

アメリカでは、リスクを取る能力や創造力、オリジナリティが評価されます。変わり者でも、自分の好きなことをやって、会社に貢献すれば、ちゃんと評価してもらえますね。競争はもちろん激しいですが、本質的には仕事は仕事と割り切って、カラッとしています。日本特有の人格まで抹殺するようなキャラクター・アサシネーションには至らないのが普通です。

 

 

 

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