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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

黒田サプライズの後に来るか、「第2次マネー敗戦」 – 山広恒夫記者へのインタビュー –

去る10月31日に黒田日銀総裁はサプライズのQQE(質的・量的緩和)を行いました。その影響についてFRBウォッチャーとして著名なブルームバーグ山広恒夫記者(ワシントンDC)にインタビューしました。

大井: 山広さんはブルームバーグに「米国から見た危うい日本銀行-バブルの上の雲 」(11月7日)を書かれましたね。それから円相場は急落し、株価は急騰。グローバルマクロ系ヘッジファンドなど投機筋の短期資金が大暴れしています。その一方で、有力ヘッジファンドを創立したジュリアン・ロバートソンは「世界中で金融当局が自国通貨を安くするため競争している」と指摘し、世界は「通貨戦争」という「危険な状態」になっているとの警告を発しています。

山広: 黒田総裁は通貨政策をつかさどる旧大蔵省そして財務省の財務官として、為替市場介入で豊富な経験を積んできた人です。今回は量的緩和の拡大を武器に実弾介入以上の円押し下げ効果を挙げています。為替市場介入を嫌う米国政府も、インフレ目標付きの量的緩和を「錦の御旗」とした円押し下げを正面切って批判することはできないでしょう。この金融政策が連邦準備制度理事会(FRB)を中核とする米国の中央銀行システムの政策に倣ったものですからね。財務官としては手にすることができなかった強力な武器を、黒田総裁は確保したわけです。   

大井: たしかに、円安にはなりましたが、急激な円安は企業、特に中小企業にとってはついていけません。円安になれば日本経済が良くなる、成長するというわけにはいきません。東証上場企業のうち円安で収益が出るのは一部の輸出型大企業だけです。

山広: たしかに円安だけでは本当に日本経済を改善することができません。ご指摘のように自動車メーカーを中心に海外進出が進み、円安の恩恵はさほど大きくありません。円建て輸出比率も40%以上に伸びている、つまり、日本からの輸出はかつては米国向けが主力だったのでドル建てが圧倒的に多く、円安は日本企業にとって、円ベースの利益を膨らませますが、いまや中国やアジアへの輸出が多く、これらは円建てなので、円相場変動で収益が増えることはないということです。むしろ原子力発電所の長期停止やこれまでの円安で原材料の輸入額が急増してきており、これ以上の円安は 日本経済にとってマイナス効果の方が大きいと思います。

大井: このままでは、国民は消費税増税も含め、重税と物価上昇に疲弊しそうです。消費税増税は見送られるのかどうかはわかりませんが、そもそも円安でインフレをあおろうという政策は、実体経済から乖離しています。実際、消費者は生活防衛のため、デパ地下で食品を買わずにスーパーに出かけ、またスーパーよりもさらに安い直販店や特売店で買い物しています。

山広: 日銀が目標とする生鮮食品を除くコア消費者物価(CPI)は消費税引き上げにより既に3%台に乗せており、実質家計消費支出は急減してきました。日銀は増税分を除いた消費者物価指数を2%に押し上げると公約していますが、生活者に増税分を逃れる術がありません。日銀のインフレ目標値は前年同月比であり、増税実施から1年が経過すれば、比較上、増税分ははく落します。しかし、消費者の負担は続きます。消費者はあらゆる商品・サービスの平均値に過ぎない消費者物価指数を目安にしながら買い物をしているわけではありません

大井: 官邸にまつわる人たちや官僚の皆さんは高給取りですからね。一般の生活者の現実からかけ離れた生活をしています。生活実体からかけ離れた平均値に過ぎない統計値や指数を根拠にして、しかも前年比の変化率で政策を決めるというのでは、実体経済から遊離した効果のない政策になってしまいます。

山広: まさに実体経済から遊離した政策が機能するわけがありません。だからこそ、当初に公約した2年間でのインフレ目標の達成どころか、景気が失速してきたため、追加緩和に追い込まれたわけです。もっとも日銀の2%インフレ目標が達成されれば、生活者の負担はさらに重くなります。賃上げが物価上昇に追いつかないことは既に実証済みではないしょう。その一方で、富裕層が大部分を保有する株式などの資産価格は高騰していますが、いずれバブル崩壊につながり経済全体に大打撃を与えることになりそうです。
 旧大蔵省では、市場を動かせると過信した黒田氏ら通貨当局者が力任せの実弾介入を実施してきました。さらに同省の支配下にあった日銀に緩和策をとらせ、土地・株式バブルを醸成してきた経緯があります。その破裂により「失われた10年」と呼ばれる経済活動の低迷に陥ったわけで、私はこれを「第1次マネー敗戦」であるとみます。

大井: それは1989年のバブル崩壊についてですね。「第2次マネー敗戦」はこれから起こるのですか?

山広: 量的緩和は「サプリ」に過ぎません。 今回は安倍晋三首相が旧大蔵省、そして財務省で通貨戦略を主導した黒田元財務官を日銀に送り込み、大規模量的緩和で資産インフレをあおっているのです。だから事は重大です。量的緩和により巨大バブル醸成を主導してきたバーナンキ前FRB議長は自らの政策を「大規模資産購入」と命名しました。異次元よりも単純でまだ地に足が付いていました。その証拠に、バーナンキ氏は退任間際の会見で「量的緩和はサプリだった」と認めました。

 私は、正貨発行権を有する金融政策をつかさどる者には慎重の上にも慎重な姿勢が求められるはずだと思います。この神聖な金融政策を「異次元」にまで飛躍させたのだから、その反作用は測り知れず、未曾有のバブル膨張を招くこと になると懸念します。バブルは人々の慢心の集合体であり、今回はその中核で 正貨発行権を持つ中央銀行が「異次元」思考で操縦しています。異次元バブル崩壊とともに訪れる第2次マネー敗戦の惨禍は第1次を上回るどころか、当然ながら「異次元」へと広がっていきます。QQEで既に株価は急上昇し、バブルの様相を深めています。

大井: QQEは所得税増税を前提に行った策だったと思います。しかし、ここに来て「衆院解散選挙」と「所得税増税先送り」が報道されています。そうなると財政規律を正すこともなく、円安と悪いインフレで「第2次マネー敗戦」の引き金になりそうですね。

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