(お金の正しい守り方 第5回)
長く続く老舗企業の家訓をみると、「何ができるか」ではなく、「何ができないか」についての明確な基準を持つ事を諭しています。
それは「何が儲かるか」ではなく「何がリスクなのか」と問う、資産保全の投資スタイルと全く同じ極意を示しています。
1. なぜ老舗企業は商売を長く続けられるのか?
昔の商家では、お金について、いろいろな戒めがありました。「貯め込んではいけない」「無益に使ってはならない」「他人の連帯保証をしてはいけない」などです。常識的な教えですが、守り続けるのは案外難しいものです。
では、長い間、商売を続けられている「老舗」は、どうやって店を守ってきたのでしょうか。それを知る事から、資産保全の極意を読み取る事ができそうです。
世界の老舗企業を研究しているファミリー・ビジネス・ネットワークの2007年の報告書によると、創業200年以上の会社が日本にはおよそ3000社も存在しているそうです。また、東京商工会議所中央支部の報告書「老舗企業の生きる知恵」には、安定成長を続ける老舗企業の社是や家訓が紹介されています。
ファッション雑貨卸売の丹波屋も、日本橋で1690年に創業した老舗です。14代目の金井五郎兵衛社長は、守るべき「家訓」のうち次の3つが重要であると言っています。「他人の金銭の保証にかかわることはせざること」「身の丈にあった商売をせよ」「投機的事業をせざること」。
特に3つ目の家訓を守ったので、バブル期に投資をすることもなく、本業に集中できたと、語っています。
老舗企業の多くは、創業家が所有と経営を兼ねる同族企業という点では、多少リスクの高い事業や投資も、やろうと思えば即断即決できます。しかし、商売を長く継続できている企業の多くは、丹波屋のように「身の丈の経営」にこだわり、本業から逸脱しません。
報告書によれば、老舗企業では、自社が取り組むべき事業が何かをよく理解し、経営者が理解できないことには決して手を出さない、経営者の目が届く範囲で事業を展開します。
「何ができるか」ではなく、「何ができないか」について明確な基準を持って、「無理せず分相応で誠実な経営」を貫いているのです。
むやみに事業を多角化することや、バブル期の不動産・株式投資に見られた「濡れ手で粟」のような話にはいっさい乗らない、「ブレない経営」をしっかりと打ち立てている証でしょう。
2. ゆっくり歩く者は長く歩く。長く歩く者は遠くまで行く
こうした老舗企業を支える「家訓」は、長期にわたる資産運用・保全を成功に導くエッセンスとよく似ています。
つまり、「何が儲かるかというリターン」ではなく、「何がリスクなのか」を見極め、「リスクを制御することでリターンを得る」「無益なリスクを取らない」「ブレない投資哲学を貫く」。まさに、資産保全の極意と同じなのです。
ただし、取るべきリスクはきちんと取る。資産の形成には貯蓄が欠かせないが、何しろ歴史的な低金利です。コツコツと現金を貯めていくだけではスピード感が足りないかもしれません。
リスクを見極めて資産を運営し、時間とともに利子が利子を生む、複利の法則を利用することも考える必要があります。例えば、平均的な米国株式の投資リターンを8%とし、30年間複利で増やし続けるとすると、30年後には10倍近くになります。
もちろん、年利8%が実現できるかは不透明な時代ですが、いずれにせよ複利を重ねていけば、長い先には大きく資産を育てることになります。投資運用でもまた、元本を減らさないように注意して、コツコツと安定的なリターンを長期にわたり得られるようにするのが成功の秘訣なのです。
スイス、アルプス地方のことわざに、「ゆっくり歩く者は長く歩く。長く歩く者は遠くまで行く」とあります。投資運用も同じです。
退職後の生活を支える投資などの長期スパンで考える資産運用においては、短期的に大きく儲かる、わくわくするような投資ではなく、規律ある投資をどれほど長く続けることができるかが成功のポイントとなります。運用とは、じっくりと構える地味で渋い世界なのです。
3. 「カネは天下の回りもの」
さらに大事な教えがあります。老舗は、つねに成果を家族、従業員、取引先、そして顧客ときちんと分かち合います。
「カネは天下の回りもの」– 大きな商家に育った私の知人は、「お金を独り占めして貯め込んではいけない、世の中のために回しなさい」と幼いときから教え込まれ、同時に「一日一善」「人にはやさしくしなさい、情けは人のためならず」と諭されたといいます。
人への善行はやがって回りまわって自分に返ってくる、だから目先の損得だけで判断してはいけない、自分のことばかり考えてはいけない – こうした教えは家訓として、家族や従業員に浸透していたといいます。
私たち全てにとって、重要な教訓ではないでしょうか。
前回は
“お金の正しい守り方 第4回:投資リスクの軽減を目指した運営技術としてヘッジファンドは生まれた”
をお届けしました。お見逃しのかたはどうぞご参照ください。