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国際金融アナリストの大井幸子が、金融・経済情報の配信、ヘッジファンド投資手法の解説をしていきます。

1998年ロシア通貨危機で起きたことと、それまでの流れ

「1998年ロシア通貨危機で起きたことと、それまでの流れ」を5回シリーズでお送りします。

世界の金融市場がQEバブルで涌く中、確実にバブルの終わりはせまってきています。1998年に起きたロシア通貨危機によってマーケットはどう動いたのか、1990年代に大きく拡大したヘッジファンドはどうなったのか。過去の大きな危機から、これからのマーケットがどうなるかを考える際の一助になればと思います。また、4・5は当時の、実際のトレーダーに焦点を当てたコラムです。お楽しみに。

目次

  1. 1998年ロシア通貨危機で起きたことと、それまでの流れ
  2. 私募金融市場とヘッジファンドが拡大する米国の資本市場の歴史
  3. 金融危機に乗じるハゲタカ・ファンドの役割
  4. 金融危機を生き延びた者
  5. 金融危機に沈んだもの

5年間かけたゲームに生き残るのはたった3%程度

市場に1万人のトレーダーがいるとしよう。コインを投げてオモテが出れば百万円の儲け、ウラがでれば百万円の損というルールを仮定する。

1年後に百万円以上の儲けを出しているのは50%、すなわち5千人のトレーダーである。さらに、2年後に手元に百万円以上の現金があるのは、さらにその半分、2500人になる。3年後にはまたその半数の1250人のトレーダーしかこのゲームを勝ち抜いていない。4年目にはその半数の625人、5年目にはさらにその半数の313人しか生き残らない。

つまり、1万人のうち5年間かけたゲームに生き残るのはたった3%程度である。千人ならば30人、百人ならば3人しか生き残れない。運用の世界の淘汰はこれほど厳しいのだ。

さらに、生き残った3%のトレーダーが将来も成功を続けるかどうかは定かでない。過去の実績は将来を保証しない。過去数十年にわたり優れたリターンを稼いできたヘッジファンドでさえ、収益が二桁も落ち込めば、生き残りは困難だ。

1998年8月の終わりロシア通貨危機の損失

1998年8月の終わりに、ロシア通貨危機に端を発した世界同時株安の恐怖が世界中を駆け巡った。このロシア危機の影響を受けたヘッジファンドが次々と損失を出した。ヘッジファンド業界紙MAR社によると、調査対象の155のファンドのうち、4分の3が8月に損失を出し、42のファンドが10%以上の損失を被った。

ヘッジファンドを代表するジョージ・ソロスのクウォンタム・ファンドも、20億ドル以上もの損失を出したと有力紙が報道した。当時のソロスのファンドは総額200億ドル以上であるから10%程度の損失で済んだ。もっと深刻な影響を受けたのは、ロシアに特化したレキシントン・トロイカ・ファンドで、運用資産額の80%を一気に失った。

1998年9月初めに、27億ドルもの資産を運用する大手ヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は、損失を開示する投資家向けレターを公表した。同社は元ソロモン・ブラザーズ副会長のジョン・メリウェザーが、二人のノーベル経済学賞を受賞した経済学者、元FRB(連邦準備銀行)副会長などをパートナーに加え、鳴り物入りで始めた有名ファンドである。この投資家向けレターで、LTCMが過去1ヶ月で42%の損失、年初から52%の損失を出していることが明らかになった。

ロシア危機で金融界が改めて認識したことは、市場が通常のボラティリティー(変動性)の範囲をはるかに超えた場合、不均衡を認識した価格が理論どおりに収斂しないという事実である。この非収斂性は、マーケット中立型と称する比較的手堅いヘッジファンド運用スタイルに大きな問題を提起した。一般に、この種のスタイルは、買い持ちと空売りのポジションを同時に持つことでリスクを相殺する。しかし、急激に下げる市場環境では、価格が標準偏差値で設定されたレンジを大きく外れ、不均衡は是正されず、価格は収斂しない。このようなパニック的な市場環境では、過去の実績から理論上想定された数値はまったく意味を失ってしまう。

ロシア危機では、実際に投資家が一斉に「質への逃避」、すなわち米国債へと走った。その結果、小型成長株、ジャンク債、エマージング関連証券など流動性の低い証券が投げ売られた。同時に、米国債の利回りが下がり、利回り曲線が平坦になるにつれ、米国債とモーゲージ債の裁定を行うモーゲージ関連ファンドが軒並み大きな損失を出した。売り浴びせの市場では、市場の効率性は無視される。ロシアに投資していようがいまいが、市場参加者のほぼ全員が危機に見舞われた。あるオプション・トレーダーは、プット・オプションのプレミアム価格が急騰し、信用取引の追加担保差し入れのためのキャッシュを調達できないトレーダーは一斉にやられたと語る。まさに、メルトダウンが起こったのだ。


注: オプション

オプションとは買い手と売り手の間の契約で、買い手にある決められた価格で将来のある時点に何かを購入したり、売却したりする権利を与える。オプション取引にはコールとプットがある。コールは基になる証券を購入する権利であり、プットは売却する権利である。プレミアムとはオプションの値段である。


LTCMが破綻に瀕し、「金融工学の神話が崩壊した」と言われ、多くの運用者が危機のさなか血を流して悶え苦しむなかで、稼ぎ続ける運用者の姿もあった。メルトダウンで死に行く者、危機に乗じて生き残る者、その実態に迫る前に、ヘッジファンドという私募金融の世界がどのように生成されてきたか、まず、米国の資本市場の歴史を概観しよう。

次回

私募金融市場とヘッジファンドが拡大する米国の資本市場の歴史

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